29、思っていたのと違う……
ベルドたちに奢る予定が、いつの間にか個室へと押し込められた二人。四人が呆然と佇んでいると、エールを持ってきたモリーが声を上げた。
「おや、アンタたち! そんなところに突っ立ってないで座った座った!」
モリーの勢いは止まるところを知らない。ベルドとウルだけでなく、彼女の豪快さに慣れているはずのミナとレアまでもが椅子に座った。勢いに呑まれたのだ。
四人は無言でモリーを見つめている。その間に彼女はベルドたちにはエールを、ミナたちにはバーレイ・ティーが置かれた。バーレイ・ティーはエールの原料である大麦から作られたお茶のことである。
目をしばたたかせている四人に、モリーは鼻を鳴らす。
「今日はアタシらの奢りさ! ミナもレアもアタシの旦那が作る料理をとんと味わいな!」
そう言って満面の笑みで部屋から出ていくモリー。彼女の背を見送り、扉が音を立てて閉まった後……全員の視線が中心に集まる。
この時だけは皆気持ちはひとつだった。
――思っていたのと違う!
しばらくして食事が出揃った頃……。
ミナとレアは『助けてもらったから』と遠慮し、バルドたちは『女性から』と初手を譲ろうとしていたこともあり、誰も手をつけない状態が続く。
テーブルの中心には顔よりも二周り以上あるであろう大きさのお皿に、沢山の肉料理が乗っている。その料理は宙に湯気が見えるほど、揚げたて・焼きたてのようだ。
頑なに手をつけない女性陣を見て、ベルドとウルは二人に断りを入れてから先に料理をお皿へと取る。そして彼らが一口食べ始めたことを確認した後から、ミナたちは料理を盛り始めた。
ミナが取ったのは、親指の厚さの肉を揚げたものと、同じくらいの厚さの肉を焼いたもの。
揚げたものは調味料が効いてるのか、食べた瞬間、香りが鼻から抜けていくようだ。そして舌を刺すような刺激に加え、心なしか身体から汗が滲むような……。
味はとても美味しい。だからだろうか、レアは美味しそうにモリモリと食べている。ちなみにミナは香辛料が少し苦手なため、少しずつ食べていた。
一方で焼いたものは甘いタレに漬け込まれていたようだ。
口に入れると肉の味より先に現れるのはタレの味。揚げたものと比べてこちらは甘みがある。そういえば、このタレには果物を入れてあるとモリーが言っていた。その甘みなのだろう。
全員が無言で食べる。
大皿の中にはミナやレアが食べたことのない料理も入っていた。そのため、この機会に味を確認していた二人だったが、その美味しさに手が止まらない。
しばらくは一言も話すことなく食べ続けていた四人。
……だが、人間には限界が来る。腹が膨れてきた四人は、少しずつ手の進みが遅くなる。
そして、最初に皿を置いたのは、ミナだった。次にレア、ベルド。ウルはまだ食べられるのか、皿に料理を載せている。
気まずい雰囲気が辺りに漂い始める。
誰かが声を発するべきだ、というのは皆気がついていた。けれど、何を話したらいいのかが分からない。そんな戸惑いや恐れ、気後れ……色々な感情が各々の心の中に渦巻いていたそんな時。
「……大剣はガルドさんのところのだろうか」
先陣を切ったのは、まさかのウルであった。彼は料理を取り終えたのか、テーブルに皿を置いている。
初めて聞く彼の声に、ミナとレアは呆気に取られたように、何度もまばたきを繰り返した。そして話題に上げられた当の本人は、壊れたおもちゃのようにゆっくりと首を縦に振る。
レアは内心身構えていた。
魔剣はとてつもなく貴重なものである。そのひとつを彼女のような小娘が扱うなど……とでも言われるのだろうか、と考えていた。
聖女の時だってそうだ。彼女はグランデ王国では、平民聖女と蔑まれ……。平民だからどんな扱いをしても良いだろう、と判断した教会からもあからさまに扱いが違った。
頑張っていた戦場だって、『女だからいい気なもんだ』『女の癖に出しゃばりやがって』なんて言葉を掛けられていたのだ。
この男性も、『平民の癖に生意気だ』とか言うのだろうか……いや、今回は『女のくせに生意気だ』だろうか。そう思った彼女は心が締め付けられる。
ミナは暗い影を落としている彼女を見て、万が一があれば追い出す覚悟だ。少しだけレアの方へと身体を寄せる。
そんなレアやミナの思惑に全く気づいていないウルは、感心したように言葉を続けた。
「……素晴らしい。実力者なんだな」
「……へ、あ、ありがとうございます……?」
てっきり文句を言われるのかと思って気を張っていたレアたちは、予想外のウルの言葉で目を丸くさせる。最初は二人の顔色を見ていたべルドだったが、気の抜けたような表情を見て安堵する。そしてウルに向けて話しかけた。
「ウル〜、二人を怖がらせちゃダメだろう?」
「あ、いや、すまない……俺には何が足りなかったのだろうかと考えていたからだろうか……」
女性二人はウルの顔を見る。ベルドに背中を叩かれたウルは非常に申し訳なさそうな表情をしていた。頭の上に犬の耳が折りたたまれているように見えるのは、気のせい……ではない。
ベルドはウルの肩を二度ほど軽く叩くと、二人に向けて話した。
「ウルは喋ると怖がられるから、基本外では黙ってるんだよ」
「え、そうなのですか? そんな風に思いませんけど……」
レアが驚いたように声を上げる。
思いもよらない言葉を聞いて、逆にウルは目をしばたたかせた。ベルドはレアの言葉に感心しながら、成り行きを見守っている。そしてミナはもう大丈夫だろう、と紅茶を嗜む。
その間もウルはしどろもどろになりながら、ミナに話しかけた。
「しかし……俺が話始めた時は……怖がっていたのではないか?」
どうやら、最初に身構えていた時のことを言っているらしい。そのことに気がついたレアは、肩をすくめて話をした。
「あれは『女の癖に』って言われるかと思いまして……」
無意識に眉間に皺が寄ってしまう。昔のことを思い出したからだ。
けれども、そんな彼女の様子を察することなく、ウルは驚いた表情でレアに話しかけた。
「いや、大剣に認められるのは素晴らしいことだ。そこに敬意はあれど、何故『女だから』と否定する必要がある?」
「えっ」
ウルは彼の顔を唖然としながら見ているレアへと身体を向ける。そして真剣な表情を見せた。
「戦闘には男も女もない。そんなことを言う奴は大体実力のない奴らばかりだ」
「……」
「そ奴らは君のことを僻んでるだけだろう。なんとも恥ずかしい奴らだ――」
レアだけでない。ミナも紅茶を手に持ちながら、固まっていた。まさか、全く喋らない……無口だと思っていた男性が、憤慨しながら喋り続けているのである。
二人が呆然としていると、ベルドがウルの肩を叩く。
「珍しく力説してるね、ウル」
それで我に返ったウルは、口をあんぐりと開けているレアと凝視しているミナに気がつく。そして自分がいつの間にか言葉を強めていたことを察した。
「あ……いや、すまない。熱くなってしまった……」
「いえ、そう言っていただけて嬉しかったです……!」
縮こまるウルに、レアは思った。
彼の言葉の端々から、レアの頑張りを認めてくれていることが窺える。今まで関わった人たちと、二人は考え方が違うのかもしれない、と。
ミナは嬉しそうなレアを横目で見てから、無意識に前を向いた。すると、目の前にいたベルドと視線が合う。彼はミナに片目を瞑った。
それを細目で見た彼女は、視線をカップへと戻した。ベルドはそんな釣れないミナを微笑みながら見ている。
その後次の料理が来るまで、個室は静寂に包まれていたが……ミナとレアは、その空間を思いの外気に入っていた。




