21、紫級冒険者だって唖然とするさ
「お前は誰だ?」
レアは大剣を構え、ミナは人差し指を相手に向けた。相手はわざと気配を消さずに、こちらに知らせるよう歩いてきたので、敵ではないと思いたい。
しかし世の中、何が起こるか分からないものだ。二人は警戒を怠らないよう、新たな訪問人を睨みつける。
男は周囲を一瞥した後、瞬時に状況を把握したようだ。二人に敵意はないと言わんばかりに両手を挙げた後、右手をポケットに突っ込んで四角いものを取り出した。
取り出されたものは、ギルドカードである。彼はそれを二人に見せるように掲げた。それによって文字が見えたらしいレアは「あ」と声を上げる。
「ねぇ、ミナ。あの人、女性冒険者の中で人気のある冒険者チームの一人じゃないかな?」
「ああ、以前話に上がった格好いいと噂の紫級の冒険者たちか?」
「かっこいい……」
紫級の冒険者は、ミナの言葉に照れたのか、頬を掻いている。だが、残念ながらそんな彼の姿を二人に見られることはない。彼のことなど放置、と言わんばかりに話を続けていた。
「個人的にはミナの方がかっこいいと思うけど!」
「いや、レアも格好いいぞ? その大剣を振り回す姿は、まるで戦乙女のようだ」
「えーっ! 嬉しい〜!」
男たちそっちのけで盛り上がる二人に、転がっている男たちは唖然とする。
彼らは女性二人と異なり、今来たこの男が帝国内で茶級に一番近い冒険者チームと言われていることを知っていた。彼らと対峙してしまえば、束になっても叶わない。それを理解していたからこそ鉢合わせにならないよう、彼らの動向を注視していたのだ。
それに、今日彼らは別の場所で依頼を受けていたことを確認したはずなのだが……何故ここに? と男たちは目を丸くする。
男たちが紫級冒険者の男――ベルドに注目している中、彼は苦笑いを浮かべていた。
ミナの「格好いい」という言葉が、彼女自身から出た言葉ではなく、誰かからの伝聞であることに気づき複雑な思いを抱く。
一方で、そんな軽快なやり取りを襲われた後にできる、という事実が彼女たちの強さに確信を持たせた。
ベルドが聞いた噂によれば、彼女たちは武器を購入するために配膳と街の依頼を真面目にこなしていたようだ。表情に乏しいが真面目でしっかり者のミナ、いつも笑顔で聞き上手のレアは、男女関係なく冒険者たちに好かれているという話だ。
最初は武器を持っていない状況で冒険者登録という話にベルドは驚いたが、レアが自分の背丈ほどの魔剣を使いこなしている、という事実。そして今ここに転がっている男たち……魔法で拘束しているのは、ミナ。
ここまで戦闘慣れしているとなると、何かしらの事情で武器を持ち出せなかったのだろうと判断した。
「話しているところ悪いんだけど……僕は紫級冒険者のベルド。証明はこのギルドカードだ」
「見ても良いだろうか?」
「もちろん」
ミナは手渡されたギルドカードと、自分のカードを見比べる。どうやら正真正銘本物のようだ。
「ありがとう、本物のようだな」
「信じてもらえて良かったよ」
ベルドは笑いながらそう話すと、話している今が機会だと言わんばかりに身体をひねっている男たちに絶対零度の視線を送る。
その視線を受けた男たちは、蛇に睨まれた蛙のように身体がすくんだ。
「紫級のベルド……もしかして、あの『瞬刻』か……?」
男は誰にも聞こえない声で呟いた。
男たちは冒険者のランクでいえば、緑や赤くらいの実力。だがよく言われているのは、赤から紫の間にはそびえ立つ高い壁があるのだと。
白から緑、緑から赤までは大抵の冒険者が真面目に活動していれば、昇給することができる。けれども、紫や茶級に関してはそれに限らないのだ。
「で、その紫級冒険者の方が、どうしてここに?」
真っ当な疑問をミナがベルドへとぶつける。後ろでレアも大きく頷いた。まだまだ警戒している二人に口元が少々引き攣りながら、彼はここへと来た理由を説明し始める。
「先ほど、少し離れた場所で不審な集団がいてね。隠れて様子を窺っていたら、『新人冒険者を攫って競売に』という話をしていたんだ。その話を聞いた僕たちが取り押さえたんだけど……その男たち曰く、今回の標的が君たちだったらしい」
「あ、もしかして助けに来てくださったのですか?」
話の見えたレアが声を上げると、ベルドは「そうだよ」と言って同意する。
「けど……これは助けが必要なかったね。君たち強いな」
「ミナのお陰だよ〜」
「いや、レアのお陰だろう」
ベルドの言葉にお互いを称え合う二人。
「え、ミナの魔法がなかったら、ここまで上手くいかなかったでしょ?」
「レアの迫真の演技がなければ、騙せなかったと思うぞ」
「あれが、演技だったのか……?」
転がる男は呆然とする。いや、確かに何かが引っかかると彼は思っていたのだ。
今思えば、それはミナの態度である。首に刃物を当てられて、泣き喚くこともなく、身体が震えることもなく……至極冷静にその場にいたではないか。
その点に違和感を覚えていたが、その後のレアの姿を見てソレがなくなったのだ。彼女は目に涙を溜めて、本気でミナを心配していたのだから。
その事実を聞かされて放心状態の、転がっている男たち。彼らの様子など全く興味がないのか、三人の話は続く。
「ところで、ひとつ相談があるんだけどね。僕たちが捕まえた男たちはあっちで僕の相方が見てるんだけどさ。彼ののところに、この男を連れて行くのはどうかな? 僕が今からひとっ走りしてギルドへと伝えに行こうと思っていたんだけど、複数箇所よりは一箇所で見ていた方がいいと思って」
ミナは一瞬探索魔法を広げる。すると、木にくくられているらしき複数人の男たちの反応が窺えた。そして少し離れた場所にももうひとつ反応が。多分これがこの男の相方なのだろう。
レアがミナの顔を見ている。きっと彼女が魔法を使って確認していることなどお見通しなのだ。
「お願いしようと思うのだが、レアはどう思う?」
「うん、それでいいよ!」
二人の同意を得たベルドは胸をホッと撫で下ろす。
「交渉成立だね。こっちの男たちは僕が連れて行けそうだから、連れて行こう――」
「いや、それには及ばない」
ミナが親指と人差し指を合わせて音を鳴らす。小気味良い音が周囲に響くと共に、男たちに巻き付いていた白く太い紐が動き出す。
男たちは不可抗力のまま宙に持ち上げられていく。いつの間にかその紐は二股に分かれ、足のようになっていた。男たちを空中に浮かべたまま、まるで人間が担いでいるかのように歩いていく。
ベルドはその様子に口をあんぐりと開け、レアは目を輝かせていた。
「すっごーい! ミナ、こんなこともできるの?!」
「ああ。この大きさは初めてだが、上手くいって良かった」
そう笑いながら後ろを付いていく二人。
取り残されたベルドは我に返ると、自分の頭を無造作にかき乱した。
「いや、どう見ても新人じゃないな……」
その呟きは風で揺れる木々の音にかき消され、二人に届くことはなかった。




