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目覚め 03

 そして、初音さんが連れてきたのは、あさひ姫のお母様らしき人だった。今日はお付きの人はいないらしい。


「滝川様はよろしいのですか?」

「滝川は、今は用があって離れているの。あさひのことと聞いて、取り急ぎ参りました」

「そうですか……。でももしかしたら、その方がかえって良いかもしれません。瑠璃様、落ち着いて聞いていただけますか」


 初音さんとお母様が小声で話しているけど、残念ながらばっちり聞こえている。だってわたしが寝ているすぐそばで話しているのだ。


「先程姫様とお話したところ、どうやら姫様は……。これまでのことや、ご自分のことを覚えていらっしゃらないようです」

「……なんですって?」

「わたくしのことも、何も覚えていらっしゃらないようで……」


 ばっとこちらを向いたお母様は、滑るようにわたしの寝かされているところまで近づいてきた。


 これまでに何度かお会いしているけど、あさひ姫のお母様は綺麗な人だ。ほっそりとしたお顔に、目がぱっちりと大きくて、鼻も口もちいさくてつんとしている。

初音さんよりも小柄で華奢で、最初見たときは儚げな美人って感じだったけど、それは娘が命の危機に瀕していたからで、今はそれほど顔色もわるくない。


 ただ表情は曇っているけど。

 ですよね。いきなりこんなことを聞かせてしまって申し訳ない。ただでさえ今は身体が小さいけど、心持ち、もっと小さくなるように項垂れてしまう。正直に言ったのは失敗だったかな。


「……大丈夫ですよ。顔をあげなさい」


 その声におずおずと顔を上げれば、そっと背に手が置かれた。それだけで少しほっとする。


「何もわからないのは不安でしょう。これからお話ししていきますからね」

「お医師を呼ばなくてもよいでしょうか?」

「ええ。まずはこの子と話してから」


 その言葉に、なんとなくこの人は信用できるんじゃないかなって思えた。

 目が覚めたときにこの人の顔を見て、あたたかい気持ちになったことを思い出す。大丈夫って思えたそれは、この身体の”あさひ”が覚えていることなのかもしれない。


「まず、そなたの名はあさひです。わたくしは、瑠璃。そなたの母です」

「お母様ですね」


 実家の母親のことをそんな風に呼んだことは一度もないけれど、瑠璃様は思わず「お母様」と呼びたくなる気品のある方だった。


「そう。お父上は、権中納言、九条高道様です。そして、そこに居るのは、そなたの乳母、初音です」


 そうか。初音さんはあさひ姫の乳母だったのか、

 貴族の家だと、子育ては母親がやらずに、乳母とか周りの人がやるって聞いたことがある。だからずっと看病してくれてたのね。

 初音さんが気遣わしげな表情のまま、ゆっくりとわたしに頭を下げる。わたしも慌ててこくりと頷いた。


「そなたの身の回りの世話をしている者については、追々話していきましょう。そなたはこの数日、ずっと高い熱が出ていたから、そのせいで混乱しているのかもしれないわ」


 なかなか熱が引かなくて、心配したのですよ。

 そう言いながら、お母様は、ゆっくりと背中を撫でてくれた。そのぬくもりに愛情のようなものを感じて、わたしはそっと目を伏せる。


 その愛情を受けるのは、本来なら”あさひ姫”なんだよね。

 瑠璃さんの対応が子を想う母のものであるが故に、此処に居るのが”わたし”であることを後ろめたく感じてしまう。

 

「何かあれば、遠慮なく初音に言いなさい。必ずそなたの力になってくれますからね」

「……はい」


 その言葉少し引っかかったけど、今口に出すのはやめておいた。


 初音さんはこの数日、殆どわたしの傍につきっきりだった。乳母ってことは、多分わたしと同じくらいの子どもがいると思うんだけど、その子のことはいいんだろうか、なんてことを思ってしまったのだ。初音さんの子どもは別の人が見ているとか?

 気にはなったけど、今は聞くときじゃなさそうだ。


「瑠璃様の仰る通り、何でもこの初音にお申し付けくださいね。それから姫様、わたしに丁寧な言葉遣いは必要ござません」

「えっ」

「先程は、姫様がまるで大人のような言葉遣いをされるので、少々取り乱してしまいました。お許しください」


 初音さんからそう言われて、心の中であちゃーって叫んで頭を抱えそうになってしまった。

 そうか。多分あさひ姫って3、4歳くらいだよね? 元の”わたし”の感覚のまま発言したからおかしなことになったのか。


 うわぁ。そうか、今更だけど、いまのわたしって、まんま「身体は子ども、頭脳は大人」なんだ……。

 子どものふり、出来るかな……。

 不安に思いつつも、とりあえず初音さんには敬語は使わないようにしよう、と心に決める。


「わ、わかりました……。いえ、わかったわ。これから、よろしく頼みますね」

「はい」


 これでいいのか、と迷いながらも言ってみると、初音さんがやっとにっこりとしてくれたので、何だか泣きそうに安心した。

 それを見ていて、お母様は思うことがあったらしい。


「高道様と、滝川には、しばらくこのことは黙っておきましょう」

「えっ、瑠璃様、それは……」

「あの二人に言えば、どうなるかはわかるでしょう? あさひはまだ身体も回復していないもの。負担をかけたくないわ」

「……そうでございますね」


 えっどういうこと? その二人に知られたらどうなっちゃうの?

 不穏な感じに慄いていると、お母様は背中をぽんぽんと叩いて、にっこりと笑う。それがまるでふわっと花が咲いたみたいな美しい笑顔だったので、思わず見惚れてしまった。


「大丈夫よ。まずは身体を回復させるのが一番です。身体が辛いままだと、何も出来ないもの」

「う……、はい」


 それは確かにそうだ。こんなに長い事身体を起こして喋っていたのが初めてだからか、だんだんと身体が重たく、怠くなってきた。

 それに気付いたのか、初音さんが寝やすい体勢になれるように、身体を支えてくれる。


「また目が覚めたら、お話してくれる?」


 初音さんに向かってそんなことを口にしてしまったのは、気が緩んだせいかもしれない。

 身体は眠りを欲しているのに、眠りにつくのが怖い。


 それは、前の世界でわたしがずっと感じていたことでもある。

 寝ると、明日が来てしまうから。

 明日が来てしまうことが、今も怖いなんて。


「ええ。沢山お話しましょうね。それと、果物もご用意しておきます」


 ああ、そうだ。果物、食べ損ねたな、なんて思って。初音さんの柔らかい声に促されるように、わたしはゆっくりと目を閉じた。




序章の「目覚め」はここまでになります。次からはあさひの日常が始まります。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

こちらでお話を投稿するのは初めてですが、読んでくださっている方がいてくださることが書き手としては何より嬉しいです。

筆が早くないため、投稿はゆっくりなペースになりそうです。


続きが気になると思ってくださったら、リアクションやブクマいただけますと励みになります。

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