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目覚め 02

「姫様。お水を飲まれますか」

「……うん」


 姫様じゃないんだけどなぁ、などと思いつつ、背中に添えられる手に甘えながら身体を起こした。まだ身体には力が入らないので、こうして側に居て看病してくれるお姉さんに頼りきりになってしまっている。

 それを申し訳なく思ったのが伝わったのか、零さずに水を飲めたからか、お姉さんがにこりと笑ってくれた。


 このお姉さんは、初音さんと言うらしい。この人もお着物を着て、平安時代の女性のように髪を長くしている。


 というか。目が覚めてから三日。やっと熱が下がって、介助されながらもやっと起き上がれるようになって、周りを見ることが出来るようになったわたしは、この状況を把握するしかなかった。まだ心では納得してはいないんだけど、頭では理解するしかなかった。


 ──どう見ても、此処はわたしの知っている世界じゃない。


 現代の日本ではテレビや舞台でしか見ることのない時代劇のような服装に、髪型。平安時代みたい、と最初に会った女性を見て思ったことは間違っていなかった。


 でもって、わたしはどうやらこのお屋敷の当主の、娘みたいなんだよね……。姫様って呼ばれてるところからして、そうだよね。このお屋敷だって多分寝殿造というやつだし、わたしのお世話のされ方だって、どう見ても庶民には見えない。

 もしかしたらもう鎌倉時代とかに入っているかもしれないけど、特定するための材料が少なすぎる。わたしがこの3日間顔を合わせたのは、母親らしき女性と、そのお付きの人らしき女性、初音さん、あとお医者さん、だけ。

 足音からしてきっと他にもお世話してくれている人がいるんだとは思うんだけど、わたしが熱がなかなか下がらなかったこともあって、近づいてくる人はその人たちだけだった。


 喉も腫れちゃってたから、声が出るようになったのも今日になってからだし。初音さんの名前だって、母親らしき人が「初音、頼みますね」って呼びかけていたので知っただけだ。それに「この初音にお任せください」って応えてたから、この人は初音さんで間違いないと思う。


 ああ、でもそれにしても。これってどう考えても、所謂「転生しちゃいました」ってやつだよねぇ……。


 鏡が近くにないから自分の姿は見てないけど、手や身体を見る限り、めちゃくちゃちっちゃくなってしまっている。三歳~四歳くらいじゃないじゃないだろうか。この時代の子供の平均すらわかんないから、ただもう感覚的なものになっちゃうけども。


 前世(っていう言い方でいいのかどうかもわかんないけどとりあえずそう呼ぶ)で、何度も小説や漫画で読んだ、現代の記憶を持ったまま異世界に転生しちゃうやつ。まさかそれが自分の身に起ころうとは。

 わたしはどうやら、貴族の幼女になってしまったらしかった。



 いや、なんで?

 ああいうのって全く違う異世界に行くんじゃなかった? 魔法とか魔法とか魔法とか使える世界観に転生しちゃって、あら大変。でも現代の知識があるから、それを生かしてのし上がって行ったり、チートになったり、上手くその世界に溶け込んで暮らしていく、っていうのが王道だよね?

 なんで平安時代なんだろうか。いや平安時代が悪いっていうのじゃなくて、純粋になんで? っていう。

 平安時代の知識なんて、良くやってたゲームの知識くらいしかない。偏りすぎている。国語はまあまあ出来たけど、古典になるともう違う世界の言葉ですかって感じだったから、ちゃんと勉強したのだって受験対策くらい。

 親友の実琴が、逆に古典が大好きで、大学も国文学科に進んじゃうくらいだった。彼女が転生していたらめちゃくちゃ喜んだろうに。でも転生してるってことは一回死んでるってことだから、良くないか。うん。彼女にはあっちの、現代の世界で幸せに暮らしていてほしい。


 わたしは友達が多い方ではなかったから、学生時代から今も続いている友人は実琴くらいだった。オタクっていう共通点はあったけど、向こうは歴史オタで、わたしはアニメとか漫画が好きでレイヤーっていう、ジャンルは違ったけど、仲良くしてた。わたしに平安時代が舞台のゲームを勧めたのも、その実琴だったっけ。

 わたしが転職した会社が土日休みじゃなくて、正直黒い方な企業だったから、休みも合わないし気力もなくてすっかり会えなくなっちゃってたけど……。はぁ。こんなことならちゃんと一回会っておきたかったな。

 親友のことを思い出したからか、なんだかちょっと感傷的になってしまった。


 すると、初音さんが「姫様」と労わるように優しく声を掛けてくれる。


「もしお腹が空かれたなら、何か果物でもどうでしょう。少しずつでも食べて行きませんと」


 昨日までは食べると気持ち悪くなってしまって、折角作ってくれたおかゆを一口くらいしか食べられなかったんだけど、今朝はお椀に半分は食べることが出来た。病み上がりとはいえ、少量過ぎると体力も落ちちゃうもんね。


「ああ、はい。そうですよね……」


 ちょっと落ち込んだ気分を引き摺ったまま言うと、驚いたように初音さんが瞬いた。


「姫様? どうかされましたか?」

「あ、ごめんなさい。何でもないです」


 しょんぼりが顔に出ちゃってたかと、慌てて顔を上げると、初音さんの困惑した顔があって。


「わたしに向かってそのような……。どうかいつも通りお話してくださいませ」

「えっ……?」


 そうだ。そういえばこれまでは喉が痛くて声が出なかったから、話しかけられることにただ頷いたり、掠れた「うん」みたいな返事しかしてなかった。初音さんと会話らしい会話をしたのはこれが初めてだ。

 どうやらいきなり失敗してしまったらしい。

 そうか。この身体の持ち主……っていう言い方は失礼だよね。この子、あさひとか姫様って呼ばれてるから、あさひ姫って呼ぶけど、あさひ姫は多分、貴族のお姫様なんだよね?

 おおっと、貴族のお姫様の言葉遣いなんてわかんないよ。敬語じゃだめってこと?

 どうしよう。何か言わなくちゃと混乱して、つい反射的に謝ってしまった。


「ええと……。あの、すみません」

「えっ」

 

 初音さんが、今度は目を丸くして仰け反ってしまった。わたしを支えてくれていた手も離れてしまう。


「ひ、姫様……。どうして……」

「……いや、う……」


 この三日間、ずっと何くれとなくお世話をしてくれていた初音さんのその態度を見て、心の距離を置かれているような気がして悲しくなってしまう。心配そうにしながらも、ずっと明るく接してくれてたので、無意識に安心感を覚えていたことに今になって気が付いた。

 ええ、どうしよう。正直に話す? でも中身が入れ替わったとか言ってもきっと信じてもらえない……よね?


 わたしの偏った知識ではあるけど、平安時代って、現代では考えられないようなことも信じられていた時代だ。それは勿論今とは価値観が違うからなんだけど、異世界転生なんていきなり伝えても混乱するだけだろうし……。ってそれは現代でもか。あくまでフィクションの世界だ。


 でも、このままではおかしくなったと思われてしまう可能性はある。だって、この時代のことも、あさひ姫ことも何も知らないのだ。わたしとて子供時代はあった。けど、田舎のごく普通の家に育ったわたしと、貴族のお嬢様って、同じ女性ということくらいしか共通点がないよ。あさひ姫のフリをするのには無理がある。

 そこのところは、正直に言った方がいいよね。


 わたしは背筋を伸ばして、出来る限りの不安そうな表情でもって、初音さんに告げた。


「あの……。突然こんなことを言ってしまい大変申し訳ないのですが、今までの記憶がないみたいで……。こちらは何処で、わたしは誰なんでしょうか?」


 その言葉の意味を理解した初音さんは、すっと青褪めた。ああ、ですよね。今まで記憶のない人の世話をさせてしまってごめんなさい。

 わたしが嘘を言っていないことが伝わったのか「少しお待ちくださいませ。人を呼んでまいります」とふらつきながらも立ち上がった。




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