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Epilogue

「――そういうことなんです」


 よく分からないまま「妊婦連続切り裂き事件」を解決して数日後。私は講談社における担当者とリモート会議をしていた。ちなみに、担当者の名前は「恵良妃登美(えらひとみ)」と言う。文芸第三出版部で唯一の女性編集者であり、コミュ障な私に対しても優しく接してくれている。――推しのアーティストがそういう名前だからか知らないけど、私は何かと「ヒトミさん」に好かれているような気がする。


 恵良妃登美は話す。


「でも、それで廣野先生の知名度が上がるのでしたら、こちらも大歓迎ですよ? 実際、あの事件以降、どういう訳か廣野先生に対する問い合わせは文芸第三出版部に殺到していますし」


 彼女はそう言うけど、私はあくまでも――謙虚だ。


「そうですか。――でも、その問い合わせが一過性のモノでしたら意味がありませんよね?」

「た、確かにそうかもしれませんね……」


 それから、恵良妃登美との話は事件のことから原稿のことへと変わった。


「それはそうと、新作小説のPDFデータを読ませてもらいましたが、かなり独創的というか、初期の京極夏彦先生に近い怪奇小説っぽさを感じました。廣野先生って、ウチの新人賞に応募した時に、『影響を受けた小説』の欄に『魍魎(もうりょう)(はこ)』と書いていましたが、本当に京極先生好きなんですね」

「ええ、まあ。――どうせ、『これが売れなければ私は筆を折る』って覚悟を決めていましたので、最後ぐらいは敬愛する京極先生っぽいモノを書こうと思ったんです。結果的に、京極先生の二番煎じになってしまいましたが……」

「いえ、そんなことはありませんよ? ちゃんと、廣野先生の色も出ていますし」

「私の色? そんなモノ、ないと思っていたんですけど……」

「廣野先生って、どこか退廃的で、『現代の生きづらさ』を体現した文章を書くじゃないですか。それを京極先生のような怪奇小説の枠組みにはめることによって、独自の新本格に仕上がっていると思うんですよ」

「な、なるほど……。まあ、とにかく書籍化に向けて前向きな方針でいると受け取っていいんですよね?」


 私がそう言うと、恵良妃登美は親指を立てながら話した。


「もちろんです。――廣野先生の小説って、今まで『講談社タイガ』で出していたじゃないですか。でも、今回の出来なら『講談社ノベルス』でも十分売れるんじゃないでしょうか?」


 ――こ、講談社ノベルス??? 恵良さん、マジで言ってんの?


 私は、若干困惑しつつ話す。


「恵良さん、そうは言いますけど……今の時代、ノベルスが求められるのって森博嗣先生と京極夏彦先生ぐらいじゃないですか。私みたいなミジンコ小説家がノベルスを出しても、見向きされませんよ」

「だからこそ、ノベルスで出すんですよ。『もっと、こういう作家がいることを知ってほしい』と認知してもらうために」

「そうですか……」


 結局、私の最終作になる予定だった小説は、講談社ノベルスから発売された。実際、最近のノベルスとしては異例の売れ行きで、書店からは「いくら補充しても在庫が足りない」という悲鳴が聞こえているらしい。それは、私が「妊婦連続切り裂き事件」を解決したという実績で売れているのか、それとも「廣野彩香」というネームバリューで売れているのか。恐らく前者だろうけど、私としては売れてくれるだけでもありがたいと思う。


 それからさらに数日後。古谷沙織からスマホ宛にメッセージが送られてきた。


 ――ヒロロン、あれから調子はどう? アタシはそれなりよ。

 ――そうそう、ヒロロンの新しい小説、読ませてもらったわよ?

 ――アンタは「どうせ京極夏彦の上澄みを300ページぐらいのノベルスに圧縮したモノ」なんて言ってたけど、アタシは結構好きよ?

 ――まあ、事件の骨組みは『絡新婦の理』そのものだけどさ。


 結局、私のことを知っている人間にはあの小説が『絡新婦の理』のパクりであることが見透かされている。とはいえ、京極夏彦ぐらいの分厚さを書くなんて到底無理なので、どんなに書いてもノベルスで300ページぐらいが限度なのだけれど。


 そんなことを思いながら、私は彼女のメッセージに対して返信していく。


 ――私の小説、読んでくれてありがとう。気に入ってるみたいでどうも。

 ――それはそうと、ミステリオタクの沙織ちゃんには私が書きたいモノなんて見透かされてるよね。


 それから、私はなんとなく「あの日の夢のこと」を彼女に送信した。


 ――ところで、私……事件を解決した夜、夢を見たのよね。

 ――夢には、お姉ちゃん……廣野麻衣が出てきて、「私の人格を目覚めさせてくれてありがとう」って言ってたわ。

 ――沙織ちゃんは、私が自死未遂でベランダから飛び降りたことって知ってるっけ?


 そこまで送信したところで、古谷沙織は「知らない」と返信してきたので、私は彼女にすべてを打ち明けた。


 ――私、ベランダから飛び降りた時に地面に頭を打ち付けて記憶の一部をなくしちゃったのよね。

 ――その時に、「廣野麻衣が刺殺された記憶」も失ったんだけど、妊婦連続切り裂き事件の犯人が桐崎譲治を崇拝してるって聞いて、記憶がフラッシュバックしたのよ。

 ――私としては嫌な記憶だったけど、むしろフラッシュバックしてくれて良かったと思うわ。

 ――だって、忘れてたモノを思い出すことによって、私の心の閉ざされてた部分が解放されたから。

 ――なんだか、変な話になっちゃってゴメン。とにかく、私はお姉ちゃんのためにも、もう少しだけ生きてみようと思う。


 古谷沙織からの返事は、すぐに送られてきた。


 ――なるほど。頭をぶつけたショックで記憶が吹っ飛んでたけど、桐崎譲治がトリガーになって記憶がフラッシュバックして、ヒロロンの中で眠ってた「廣野麻衣の人格」が目覚めたのね。

 ――なんか、そういうゲームを思い出すわね。高校生が悪魔の人格を覚醒させて敵を倒すRPG。

 ――そういや。あのRPGの第2作の前編もhitomiが主題歌じゃなかったっけ? 彼女が売れる前だけど。


 もちろん、知っている。hitomiが『LOVE2000』で国民的アーティストになる前に、『君のとなり』という曲を発表している。それこそが、古谷沙織がメッセージで話していた曲である。


 私が彼女に返す返信は、当然のモノだ。


 ――もちろん、知ってるわよ。麻衣ちゃんが聴いてたMDの中に入ってたし。

 ――そんなこと言われると、久々にサブスクで聴きたくなったわね。今晩、聴いてみるよ。


 その後もくだらない話をメッセージアプリで続けていたが、2時間以上もチャットを続けていると流石に眠たくなってきたので、私はメッセージの送信を打ち切った。


 ――それじゃあ、私はこれで。また、会えるといいわね。


 古谷沙織からは、親指を立てたキャラのスタンプが送られてきた。――これは、脈アリだろうか。


 私は、睡眠安定剤を流し込んでベッドに入り、スマホのサブスクアプリでhitomiの『君のとなり』が収録されているアルバムを流し始めた。


 ――その後の記憶は、まるでない。


 ***


 夢を見た。


 私は、お姉ちゃんと一緒に三宮でランチを食べている。


 お姉ちゃんは話す。


「ねえ、彩香ちゃんは『自分らしさ』を考えたことがあるの?」

「うーん、ないなぁ……。逆に言うけど、お姉ちゃんは考えてるの?」

「私? 私は……一応、自分らしさはある方だと思う。私も彩香と同じで内気な方だけど、それでも『私はこうありたい』って考えてるかな」

「なるほどねぇ……」

「どうしたの? 元気ないわね……」

「ううん、なんでもない。ただ、私はそういうモノに対して自信が持てないだけ」

「そっか。――ミートソース、付いてるわよ?」

「えっ?」


 お姉ちゃんは、ミートソースが付いた私の顔をお手拭きで拭いた。


「もう、甘えん坊だからっ」

「そんなことないわよ? 私だって、もう大人だし。いつまで経っても子供じゃないわ」


 ――「いつまで経っても子供じゃない」か。確かに、私は「廣野彩香」という立派な人間で、そして立派な大人でもある。だからこそ、心の中に「内なる子供」を抱えているのだろうか。


 私は、幼少の頃からの度重なるいじめによって心が壊されて、どこかで「内なる子供」の成長が止まってしまった。その自覚はある。


 だからこそ、心の中に「廣野麻衣の人格」が形成されたのは必然的な話だったのか。別に、前頭葉に衝撃が与えられたことによって記憶が失われたことは関係なくて、「廣野麻衣を殺人事件によって喪ったこと」がトラウマになって、私の心に彼女の居場所を作ってしまった。だから、「桐崎譲治を崇拝する人間によって起こされた妊婦連続切り裂き事件」がトリガーとなって共有していた心が繋がって、私の中で眠っていた彼女の人格が発露したのか。――なんだ、単純なことじゃないか。


 ***


 スマホのアラームで、意識を覚醒させる。


 私は、今日も生きている。今のところは「自傷行為に対する衝動」や「希死念慮」は持っていない。でも、いつそういう衝動に駆られてしまうか分からないのも現状である。


 鏡で自分の顔をみると、そこには確かに「廣野彩香」という「私」が映っている。


 それだけでも、「もう少しだけこの世界の中で生きてみよう」という気にさせられるし、「私がそこにいる理由」も分かるような気がする。


 ダイナブックの電源を入れて、ワープロソフトを起動させる。真っ白な原稿用紙には、まだ何も書かれていない。


 今、私が書くべきモノ、それはまだ決まっていない。けれども、「私は私らしくあるべき」だと思うと、指は自然と動いていく。


 そして、古谷沙織からスマホ宛にメッセージが送られてきたので、私はそのメッセージを読んだ。どうやら、彼女は新ネタを仕入れるためにしばらく東京へと向かうらしい。お土産話、あるのだろうか。


 ――私は、孤独じゃないんだ。

 古谷沙織から送られてきたメッセージで、それを確信した。(了)

K談社さん、本当にすみませんでした。

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