六
「桶狭間の戦いから三ヶ月後って何かあったかな? まったくわからん」
オレは独り言のように呟く。
「あたしの父さんに訊けばわかると思うけど会いに行く?」
ゆきなは笑いながらそう言った。
そんな手にのるかよ。
なんでオレがくノ一と夫婦になんなきゃいけねえんだ。
ん、ゆきなの父さん?
「ゆきな、父さんと連絡取れなくなったって言ってたよな?」
「父さんと連絡が取れなくなったって、誰が?」
「さっき、お前が言ったんだよ!」
「ううううん、そんなこと言った記憶がないんだけど……」
そりゃそうだね。
「とにかく、今行けばお前の父親に会えるってことだな」
「まあね。そんなに父さんに挨拶したいんなら、いいよ」
誰がくノ一の父親に挨拶に行くんだよ。
勘弁してくれ。
でも、今を逃すと転生者に会えるチャンスがなくなる。
背に腹は代えられない。
オレとゆきなは尾張に向けて東海道を上って歩いていく。桶狭間の戦い直後であり東海道付近は混乱している。こういう時こそ忍びの出番なんだが今回は至上命題がある。転生者に会う。しかも、その転生者はリセットに関して何らかの情報を持っている。
三河付近を歩いていくと背後から僧侶に呼び止められた。名を雪舟。旅の僧侶だという。なんでもこの先は織田軍が検問をしているのでこれ以降は西上できないという。オレが外交の使者で尾張に向かうので検問なんて関係ないと言うと一緒についていきたいという話になった。一緒に尾張に入ることくらい問題ないのでこの僧侶と短い旅をすることになった。
オレたちは無事尾張に入った。雪舟は盲目の僧侶であるためオレたちは旅の無事を願いつつそこで別れた。そして、ゆきなの隠れ家に向かって歩いていった。
「あそこだよ。多分父さんいるはずだよ」
ゆきな待ち切れない様子で駆けていった。しばらくたっても隠れ家の外に出てこない。不審に思ったオレは中に入った。
血の匂い。
微かに火薬の匂いも混ざっている。
部屋の中は荒らされて物取りの犯行に見せかけてはいるが間違いないなく殺し目的だ。
「父さん、父さん……」
ゆきなの悲痛な泣き声が部屋の中に響いている。オレはゆきなに声をかけられなかった。
惨殺?
いや、違う。
なんだろう。
この違和感。
ん!
わかった。
顔だ。
顔だけ傷ひとつない。
なんだ?
顔を確認させるような殺し方は?
オレは悲痛な振りをして外に出る。
「荘介いるか?」
「ここに控えております」
「ゆきなの素性を調べてくれ」
「御意」
オレはふたたび室内に入る。
ゆきなはまだ父の遺体にすがりつきむせび泣いている。くノ一相手では演技なのかどうかも分からない。
「ゆきな、ここに長居をするのは危険だ。ここをすぐに離れよう」
オレが最後まで言うのを待たずに荘介が口を挟んできた。
「小次郎様、囲まれております」
「そうか……。じゃあ、お前はゆきなを連れて逃げてくれ。いや、一人でいい。先ほどのを頼む」
オレがそう言うと荘介はふたたび消えていった。
オレはゆきなを残して外に出る。見覚えのある連中だ。もっとも向こうさんはオレのことなんて知らないんだろうけど。
「ほお、オレが誰か分かっていて追っているのかい」
「お前には用はない。女を置いていけばそれでいい」
デジャヴ?
「甲賀か。ひとのオンナを口説くのにそんなやり方しか教えてもらえないのかい」
「さすが、風魔の疾風か……。もう一度だけ言ってやる。オンナを置いてさっきといけ」
どういうことだ?
台本でもあるのか。
風魔忍術 疾風剣!
焦げ臭い。
人が焼ける臭い。
「もおお、あんたったら。ひとのオンナとか……。うれしいったらありゃしない。あたしは火炎のゆきな。よろしくね」
ゆきなも?
やっぱり台本あるんじゃ。
「じゃあ、その火炎いただく。疾風火剣!」
オレの忍び刀は火炎を纏い甲賀忍びを撫で切っていく。オレは甲賀忍びを全滅させた。八人。数が合わない。二年で三人増えたのだろう。そのくらいに思っていた。ゆきなの父を荼毘にふして廃人同然になったゆきなを抱き上げ清洲に向かった。信長が関係ないわけがない。オレの直感が叫んでいる。
清洲の町に入ると宿屋をとり、そこの女将にゆきなをお願いしてオレは橘左衛門佐として清洲城に向かった。なんだろう。今回も佐久間殿がオレの対応をすることになった。間もなくすると信長が帰城して謁見の場が設けられた。
「小次郎、三月ぶりだな。息災か」
信長が言ってきた。
信長はどこまで覚えている?
オレは探りながら言葉を選ぶ。
「ありがとうございます。何事もなく息災に過ごしております」
「それは何より。それよりお主、今回は北条の使いということだが武田忍びではなかったか?」
「これは手厳しい。忍びゆえいろいろあるのですよ」
「それでこの書状は本物か?」
「忍びが出すものに本物などございません」
「だったら今回の目的は何だ? 桶狭間では世話になったしな。なんでも申せ」
「恐れながら申し上げます。織田様に松平元康討伐をお願い……」
オレが最後まで言い終わらないうちに信長は口を挟んできた。
「小次郎、それは無理だ。元康とは旧知の友でな」
「左様でございますか……」
「おお、随分あっさりと引き下がるんだな。他にないのか?」
「今回は織田殿の顔を見に来ただけですので」
「うれしいこと言うな……。まあ、ゆるりとしていけ」
謁見の場はこれで終わった。
確認できたことがある。
信長はオレが忍びであり桶狭間で助力したことを覚えている。それ以降のオレとの記憶は覚えていない。つまり信長はシロだ。
オレは宿屋に戻り、寝ているゆきなの顔をまじまじと見る。
「すまなかったねえ。とんでもないことになって」
ゆきなが申し訳なさそうにオレに頭を下げる。
「いや、特に問題ないんだが……」
「何か言いたそうね。ひょっとして顔? そうよね。父さんとあたしの顔じゃ全然違うもんね」
「そうだね……」
「こんなこと言っても信じられないと思うけど実の親子なのよ」
「そうか……」
なんでこんな会話になっているかというと、ゆきなの父の顔は明らかに欧米系の顔立ちであり純日本人の顔立ちのゆきなとは血のつながりをまったく感じさせない。実はそれを含めて荘介に調べるように指示したのだ。
「これからどうするの?」
「手掛かりを完全に失ってしまってね。しばらくはここでゆっくりしようと思うんだ」
ゆきなは静かに頷くだけだった。