五
オレはゆきなを抱えたまま小田原を目指し山間の獣道を走っていく。まだ、甲賀のもう一人には気づかれていないようだ。この先に一人風魔衆ががいるはず。生け捕りにしてオババに全部吐かせよう。
ん?
おいおい、戦でもする気かい?
なんでこんなところに風魔衆がそんなにいるんだよ。
十五人って、ここを通って来なかったらどうすんだよ!
オレが通り過ぎた後、後方が一瞬だけ騒がしかったが、すぐに静けさを取り戻していった。
小田原の隠れ家に着き、ゆきなと一緒に親方の元に向かった。
オレとゆきなは親方の前に座っている。
「すまん。まさか、あんなに追ってが来るとはな。今、一人オババの元に送っているから全部吐いてくれるだろう。その件は後でいいとして話を続けよう。で、どこまで聞いたっけ?」
親方に促されてゆきなが話し始める。
「てんせいしゃに守ってもらえっていうとこまで話したよ。それでね。うううん。なんて言ったらいいのかな……。要は信長は危ない奴だからやめときなってことが言いたいだけ」
なんだよ。
じゃあ、さっきので終わりだったんじゃねえか。
ここまで連れてきて損した気分だ。
そんなことを考えていると、目の前がグニャリと歪んでいく。
またか。
「して、小次郎。このおなごは……」
そんなとこまで遡ったのか。
「兄者、このくノ一がゆきなでございます。もう全部話は聞き終わっております」
オレが言い終わるのを待たずにゆきなが口を挟んできた。
「お兄様でございますか。あたしはゆきなと申します。小次郎様とのお付き合いをお許しいただきたく、ここまで参りました」
だから、そういうのはいいって。
あれ、なんか変だ。
これどこまで遡った?
場所は小田原の親方の隠れ家。メンバーは親方、ゆきなとオレの三人。
なんだ、この状況。
「まあいい。小次郎が分かっていればなんとかなるだろ……」
親方はそう言ってゆきなを見て言う。
「まあ、ゆるりとしていけ」
そう言って、親方は部屋を出ていった。
「おい、お前どこまで覚えてる?」
オレはゆきなに訊く。
「小田原に向かって東海道を歩いている辺りだよ。どうしたの?」
「じゃあ、この状況おかしいと思わないのか?」
「何がおかしいの?」
「東海道を歩いていたのに、いきなり小田原の風魔の隠れ家で座ってたんだぞ。少しはおかしいとは思わなかったのか?」
「いや、まったく。もう小次郎ったら細かいねえ」
「いや、おかしいだろ。火炎のゆきな!」
オレがそう言うと、ゆきなは身構える。
「小次郎! どこでその名を?」
ゆきなが突然立ち上がりオレに訊く。
「お前が甲賀忍びたちに襲われた時に言ったんじゃねえか。あの甲賀者たちに覚えはね……。覚えていないよな」
「甲賀者の特徴は?」
「十一人。頭は伊賀なまり。そのくらいかな」
「伊賀なまりで何故甲賀なんだ?」
「伊賀なまりだったら十中八九伊賀者じゃねえから甲賀かと訊いたら戦闘になったんだよ」
ゆきなは冷静になって座った。
「あたしは火炎を使ったのか?」
「火炎はオレの疾風と相性がいいから……」
しまった!
「夫婦なんだから相性いいんだろ」
ゆきなが下卑な笑いを浮かべている。
「まあ、そんなことはいい」
「そんなこと? そんなことじゃないよ。あんた。オトコとオンナっていうのは相性が大事なんだよ」
なんで、くノ一なんだよ!
「随分前までリセットされていることが気がかりなんだよ。何故、そんな前までリセットしなければいけなかったのか。そこから何かが見えてこないかな」
オレは冷静になってゆきなに訊く。
「ううううん。それは忍びが負ける前までってこと?」
「それもあるけど、だったらもっと前でもよかった気もするが……。わからん」
「わからんもんは仕方ないよ」
オレとゆきなも部屋を出た。
「まあ、風魔の里に攻め込むほどの愚か者でもあるまい。ゆきなはしばらくここにいろ」
「あんたは?」
「オレは清洲に行ってくる。確かめたいことがある。家康と同盟したとなれば信長は美濃攻略に専念するだろう。その辺をあたってくる」
「いえやす?」
「松平元康が改名して信長と盟約を結んだって……。ちょっと待て。ゆきな、今は永禄何年だ?」
「三年だよ。どうしたの」
「永禄三年といえば桶狭間の戦いの年だぞ。そんなことあるか」
「桶狭間の戦い、ああ今川が負けたっていう。でも、あれから三ヶ月くらいしか経ってないでしょ」
「そうか……。ゆきな驚くなよ。お前の話が本当だとするとオレたちは二年くらい遡ったことになるぞ。リセットは少しだけ時を戻すってお前言ったよな」
ゆきなは驚いた顔で黙り込んでしまった。