三
オレは荘介に訊く。
「オレから何か指示は受けていなかったかい」
荘介は悪びれることなく答える。
「いえ何も」
「何もか……。わかった。小田原に戻る。先に行って兄者に伝えておいてくれ」
「御意」
オレは今、小田原の忍び屋敷で親方と向かい合い話をしている。
「なるほど。小次郎の言うことはわかったんだが、ワシにもその記憶はないんだ。しかしな。小次郎、夢と現実がそんなに混じるなんて……。考えられるとすると幻術くらいなんだが、お主程の手練れを幻術に陥れるなんてことができるものなのか……」
「幻術ですか。オレには思いつきませんでした。さすが兄者。天下の風魔小太郎」
「よせやい。お主に言われてもこそばゆいだけだ」
「オレは転生者が歴史に介入したから歴史が元に戻ったくらいしか考えつかなかったんで」
「ワシの弟に生まれ変わった時点で十分歴史に介入していると思うがな」
「確かに」
「それでどうする?」
「信長に会って確かめます」
「好きにせい。一部隊くらい出すか?」
「いや、一人で……」
オレは言葉を続けなかった。
なんだ。
この違和感。
オレは東海道を上っていく。街道では織徳同盟の噂でもちきりだ。あの後、結局織田信長と松平家康は同盟を結んでしまったのだ。オレは橘左衛門佐として織田との外交で清洲城に向かっていく。前回、清洲城で佐久間殿に渡したはずの書状は結局オレの胸元に残っていた。やはり夢でも見ていたのだろうか。
やがて、清洲城に到着した。今回は信長は在城だった。対応したのも佐久間殿。
佐久間殿って清洲城だったっけ?
そういえばうろ覚えの知識しか持ってなかった。もっとウィキペディアをちゃんと読んどきゃよかった。
佐久間殿もおそらくオレを覚えちゃいない。知っているような素振りもなかった。これで知っていたら相当の演技派だ。天下だって取れるだろう。いよいよ信長との謁見の場となった。
オレは北条家家臣の橘左衛門佐として信長との謁見に臨んだ。信長は取り立てて警戒する様子もない。オレはやはり幻術にかかってあのような夢を見せられていたのかと考え始めた矢先であった。
「小次郎、小次郎ではないか。桶狭間の折は世話になったのお」
オレはビクリとして信長の顔をまじまじと見た。依然としてオレに警戒している素振りがない。
「織田殿、申しわけございませぬ。お人違いではございませんか」
オレは白を切ることに決めた。
「小次郎……。大丈夫だ。武田忍びと偽ったことなど気にしておらん。のう、小次郎」
こいつ、覚えている。
いや、どこまで覚えているんだ?
オレは斬り捨てる覚悟で信長に言った。
「オレに斬り捨てられたのを忘れたのか?」
オレは忍び刀に手をのばした。
オレは忍び刀に手をかけ信長の懐に飛び込もうと跳躍する。その瞬間、目の前がグニャリと歪んだ。
まただ。
信長は書状から目を上げ、オレに言ってきた。
「橘殿、北条殿の申し出、本来ならばありがたく受けたいのだが、先日三河の松平殿と盟約を結んだばかりでな。今回はこの話はなかったことにしていただきたい」
何が起きた?
オレは冷静に考える。
幻術?
いや、そんな生易しいものではない。
やはり、歴史に介入することができないだけなのか?
オレは顔を上げて信長に告げた。
「誠に残念ですが致し方ございません。主家にもそのようにお伝えしておきます。それではこれにて……」
オレは清洲城を後にした。
オレは清洲城下の酒場で物色している。歴史に介入できないのであればオレが風魔衆として働いている仕業も一切歴史に介入できないはずだ。やはり、この仮説ではない。では、一体なんなのだ。幻術とかそんなものじゃないような気がする。
すると、向かいの席に見知らぬオンナが座ってきた。
「お兄さん、ここいい?」
そういうのは座る前に訊け。
オレが頷くとオンナは話しかけてきた。
「あたしの名はゆきな。よろしくね。お兄さんの名は?」
「某か……。時忠だ」
「じゃあ、ときさんでいいね」
よかねえよ!
「ねえ、ときさん。いいオトコだね。どこの出?」
「オレは甲州の出だよ」
「ああ、じゃあ武田忍びかい」
「なんで忍びなんだい」
オレは警戒してゆきなに訊く。
「だって、これだけ常人離れしてたらわかるよ。でもね、あいつはやめときな」
「あいつって?」
「うつけだよ」
オレは周囲を警戒して顔を上げる。
「大丈夫さ。今この酒場で起きているのはあたしとときさんだけだよ。ああ、あたしは甲賀の女だよ。よろしくね」
くノ一か。
厄介な奴に捕まった……。
「それでなんで信長はダメなんだ?」
「なんでって、あんたが何やってもリセットするからだよ」
リセット!
「お、お、お前、今なんて言った?」
「あんたが好きだって言ったのさ」
「おい、とぼけるな。お前、今リセットって言ったよな!」
リセット。
リセットだったら全部説明がつく。
じゃあ、誰が?
「お前がそれを使ったのか?」
「さあ、あたしを抱いてくれたら教えてもいいよ」
「くノ一を抱くってどういうことかぐらいわかっているつもりだ。さっさと教えろ!」
オレはゆきなの胸ぐらを掴み問い詰めた。