二
オレは今、駿府にいる。これから氏真と謁見が待っている。どうやってそこまで取り付けたって? そりゃ、小次郎で顔パスだよ。そもそも、主家の盟友なんだからなにも問題ないんだ。
「おお、小次郎か。久しいな。確か京の諜報活動に専念していたと聞いていたが、いつ戻った?」
「ご無沙汰しております。昨年の終わりに小田原に戻ってきました」
「父上の件驚いたろう」
いや、当事者だから驚くもなにもない。
「まあ、戦国の習いとはいえ……。過去は過去として受け入れて今後のことに専念するのがよろしいかと」
「しかしな、三河や遠江の離反が激しくてのお。小次郎、何か良い案はないかのお」
「良い案かどうかはわかりませぬが。敵討ちを装い出兵なさるのがよろしいかと」
「それはそうだが……」
「将ですか?」
「そうだ。先ほども申した通り将の離反が止まらんのだ」
オレはしばらく考え込む振りをする。
「ならば、某が軍勢を率いましょう。風魔衆を使えばなんとかなりましょう」
オレは氏真から三百の兵を借り、東海道を西に上っていった。まあ、尾張に入るまでは敵はいないし、親方から風魔衆を一部隊借りてきたしね。しかも、なんと言っても今回は正規軍、向かってくる敵は全部賊軍なんだから、いくらでもやりようがある。
オレの軍勢は遠江の曳馬城付近を東海道を西に向かって上っていく。すると、西から行軍してくる軍勢が見える。
うげっ。
松平じゃねえか。
いくらなんでもまずいだろ。
しばらく行くと数人の供を連れた元康がやってきた。
「これはこれは。主家今川様の軍勢とお見受けします。尾張に向かうのであれば某も軍勢に加えてほしく参陣いたしました」
えっ?
元康、オレを覚えていない?
どういうことだ。
元康が先陣を切りオレが後ろを行軍するという不思議な軍勢。元康もそうだが先日オレが斬り捨てた者の顔がちらほら。
こいつら演技派?
その前になんで生きてる?
やがて、岡崎城が見えてきた。
岡崎城は、いや岡崎城も健在だ。
ということは、オレは夢を見ていたということになる。
仕方ない。
そういうことなんだろう。
元康からの使いの者がきた。
「主より橘様に我が城にお寄りいただきたい旨の申し出がございまする。是非お立ち寄りいただきたいとのこと」
「承知した」
岡崎城に入ればあれが夢だったかどうかはわかる。だって、オレは岡崎城に入ったことがないんだから。
オレは岡崎城内に入っていく。確かにオレが焼き払った岡崎城だ。間違いない。間違いないのだが……。
戦国時代ってこんなに早く立て直すことができるのだろうか。しかも、これ新築じゃない。場所もここで間違いない。なんでだろう。よし、あれは夢だ。オレは夢を見てたんだ。
オレが黙り込んでいると元康が話しかけてくる。
「橘殿、遠江から飯尾殿と菅沼殿の軍勢八百、駿府より千の援軍が到着した模様。総勢三千の軍勢となり申した。いかがいたしますか」
さて、どうしたもんかな。
「鳴海の岡部殿と合流しようと思うとるのだが……。松平殿、某に何か申したいことはないかい」
「鳴海城ですか。岡部殿も喜びましょうな……」
いや、そんなものはどうでもいいんだよ。
オレを覚えているかどうかを聞きたいんじゃ!
オレは席を外して物陰に隠れる。
「荘介、いるか?」
「ここに控えております」
荘介というのは親方が用意してくれたオレの影武者だ。素顔は見たことはないがオレと瓜二つである。
「オレはこれから清洲に行ってくる。この後は頼む。鳴海城で待機しておいてくれ」
「御意」
オレは後のことを荘介に任せて清洲に向かった。
オレは尾張に入り、清洲城に向かっていく。やはり、大戦の後だ。勝ったとはいえ、尾張も内戦状態が続いている。どこへ行っても戦、戦、そりゃ戦国時代なんだからどこ行っても戦なんだろうけど。オレは清洲城に入いる。もちろん北条家家臣の橘左衛門佐としてだ。他にやりようがあるなら教えてくれ。あいにく信長は不在ということで、たまたま城にいた佐久間という家臣が対応してくれた。偉そうなので家老かなんかだと思うがオレはその名を知らなかった。やっぱり、どうするなんちゃらは見ておけばよかったと後悔している。
「これは、これは。北条家の家臣橘様が尾張までご足労いただけるとは……。うむ、この書状は上様に某から渡しておこう」
おそらくこの書状は信長には渡ることないなと思いつつオレはほくそ笑む。これで城内を自由に物色できる。
オレは清洲城の奥深くに潜伏することに成功した。桶狭間の戦いではあれだけ織田軍に接近していたんだ。信長以外の人間がオレを覚えていたってまったく不思議ではない。オレは人けがなくなるのを待って廊下に降り立った。
「何者!」
背後から女が叫ぶ。
仕方ねえ。
オレは女を斬り捨て、物陰にその遺体を隠し、その場を立ち去った。
オレは文字通り忍び足で清洲城を物色する。
なんだろう。
一瞬、目の前がグニャりとなった。
「何者!」
目の前には先ほど斬り捨てた女がいた。
一体、何が起こっている?
オレはわけがわからなくなり清洲城から逃げ出すように三河に向かって走っていく。
ここにくるまでもおかしいことばかりだった。殺したはずの信長が生きていた。焼き払った岡崎城が健在だった。殺したはずの元康が生きていてオレを覚えていなかった。そして、殺したはずの女が生きていた。
もう、わけがわからない。
オレは落ち合う予定の鳴海城まで全力で走っていった。鳴海城に到着したが軍勢はまだ到着していなかった。不審に思いこう言った。
「荘介いるか?」
「ここに控えております」
ん?
なんでお前がここに控えているんだよ!