私にだけ態度の冷たい婚約者に婚約破棄を申し出たら、泣き出してしまいました
「お前は本当に、どうしようもないな」
「こんなことも出来ないのか」
「よく生きてこられたな、どんだけ甘やかされてきたんだ」
「はぁ……もういい。顔も見たくない」
本日、私の婚約者であるアンドルフォ様に言われた言葉の数々です。
このような暴言と冷たい態度に辟易する日々を送っております。
今日は頼まれた雑務をこなしていたら言われた台詞なのですが、本来はアンドルフォ様のなすべきことですし、私には私の生活があるので何もかも彼を優先というわけにもいきません。
確かに何においても平凡で平均的な私では不満もたくさんあるでしょうが、もう少し言葉と態度を選んで欲しいものです。
憤っていると、ご学友と一緒にいるアンドルフォ様をお見かけする。
凄く仲がよさそうですね……何より飲み物を零してしまったご友人を気遣いながら片付けも手伝ってあげています……嘘でしょう……あんな気遣いができるような方なのですか?
驚いた私は、しばらく彼の動向を伺うことにした。
――すると分かったことがある。
彼は優しいのだ、私以外の人達には。
学園の友人たちにも屋敷の使用人たちにも動物や虫たち……生きとし生けるもの全てに対して優しい……私以外の……。
そういえば私の両親や妹にも礼儀正しく優しかったし、うちの屋敷で飼っている犬や猫たちにも優しかったことを思い出す。
――なんだ、私だけにあんなに冷たくて酷い態度なんじゃないですか。
なぜだろうかと考えるが答えは一つしかない、私が彼に嫌われているからだ。
――ああ虚しいな……もっと早く気付くべきだった。あんな酷い態度を取られていて気が付かないなんて、どうかしていました。
けれど、仮にも婚約者なのだ。このままにしておく訳にはいかない……ちゃんと話し合わなくては。
……恐らく私たちの婚約は解消されるだろう。
でも、と考える。私は彼に何かしてしまったのであろうか……? 私にだけ冷たくされるようなことを何か……。
身に覚えがないけど何かやらかしてしまったのかもしれない……もしくは生理的に不愉快な存在なのか。
そんなことを考えていると他の人達に向ける朗らかな笑顔と私に向ける辛辣な態度の差に胸がぎゅっと締め付けられ、勝手に涙が溢れてきた。
「……っ、ぅ、ぐ……っ、ひぐ……っ」
「おい、どうした!?」
突然の声に驚いて顔を上げるとアンドルフォ様が焦った様子で私の肩に手を掛ける。
「リシェット、なぜ泣いているんだ? 誰かに何かされたのか、話してみろ!」
「……っ、え、えっと……」
驚きで何度も瞬きを繰り返していると、頼まれていた書類が自分の涙で滲んでしまっていることに気付く。
「――っ、す、すみません、書類が!」
「そんなのどうだっていい! どこか痛いのか? 医務室へ行くか? 辛いなら運んでやるから、ちゃんと言え」
「えぇ……」
「どこかが痛いわけではないのか? なら、何があったか言え。何が原因で泣いている」
心配してくるアンドルフォ様に困惑するが、彼の問に口を開く。
「……アンドルフォ様です」
「は?」
「泣いていた理由です」
「俺!?」
「――アンドルフォ様は、私にはとても冷たいですが、他の方にはお優しいですよね……人だけではなく動物や虫にもお優しい……つまりアンドルフォ様にとって、私はそれ以下の存在で優しくする価値などない人間ってことですよね?」
「り、リシェッ……」
私は小さく息を吐くと言葉を絞り出す。
「――アンドルフォ様、婚約を解消いたしましょう。不出来でどうしようもない私から、ご自由になってください。今まで、ありがとうございました」
……………………。
何も言葉が落ちてこない。
どうしたのだろうかと恐る恐る顔を上げると、アンドルフォ様がボロボロと大粒の涙を零していた。
――なんで? どういう状況?
「――っ、なんでそんなこと言うんだよ!?」
「……えっ、い、いや、なんでって……私のことお嫌いなのでしょう? だから……」
「違う! 逆だ! お前のことが好きだからあんな態度になるんだ!」
え、なにそれ……気持ち悪っ……。
「……ごめん、お前に対して酷いこと言ってるって自覚はあった……ぐす……っ、ほんとは他の奴らみたいに優しくしたいのにっ、……出来なくて、ごめん……、だから、婚約解消とか言わないでくれ……」
めちゃくちゃ泣いてる……。
ハンカチを取り出してお渡しすると素直に受け取ってくれた。
「え、えぇと、つまり、好きだから意地悪しちゃうってことですか?」
「……ごめん」
「いや、子供じゃないんですから……正直、子供でもどうかと思いますよ。それ何らかの問題があると思うので然るべき場所で治療した方がいいですよ」
「……わかった。お前の言う通りにする」
「もう酷いこと言ったりキツい態度をとったりしませんか?」
「しない。約束する」
「……でしたら、まあ婚約破棄は一旦は保留ということで」
「本当か!?」
食い付き、強っ……。
「保留にするだけですから。この先一度でも理不尽な言葉や態度を取られたら直ぐに婚約破棄しますから! あ、そうだ。誓約書書いてください!」
「……わかった」
「あと雑務とかあまり押し付けないでもらえますか? 結構大変なので……」
「……ごめん。本当は俺一人でも何の問題もないんだけど、お前と話したくて頼んでた……」
「あー……でしたら、雑務の合間の話し相手くらいにはなりますから……」
「ほ、本当か!? だったら美味いお茶とお菓子を用意しておく! あっ、べ、別にお前のためとかじゃないからな!」
ちょっと面倒くさいな……。
とりあえず、その場で作った誓約書にサインを貰うと綺麗に畳んで制服の胸ポケットに仕舞う。
◇
――その後アンドルフォ様は、以前の彼とは比べものにならないくらい穏やかで優しくなった。
ですが……。
「この花、売れ残ってて哀れな姿がお前と重なって、あまりに可哀想なんで買って来てやった。有り難く受け取れ!」
こうして、ごく稀に悪癖が出る。
「はい、マイナス二十点。これがあと二回続いたら婚約破棄ですからね」
「あっ! ち、ちがっ……ごめん! 本当は綺麗で、リシェットに似合うと思ったから買ってきたんだ……次からは気を付ける……」
アンドルフォ様がしょんぼりしたまま項垂れる。
「最初から素直に言ってくれれば気持ちよく受け取らせて貰いますのに……まあ、今回はこの綺麗なお花に免じて無しにしてあげます」
「本当か!?」
「今回だけですよ」
「ありがとう、リシェット! 大好きだ!」
「…………それは言えるんですね」
◇おわり◇