コリンヌの住んだ城壁のある村で・7
気を取り直して、もう一度。今度はアデルの足の間にカペルの右足が入り、このままいけば地面に転がされるのはまたアデル、という形で待ったをかけた。
「短剣技、向いてないかも」
初手で仕留めなければ勝ち目はないと考え、先生の教えを真面目に聞いていなかったらしい。これでは何度やっても攻めた側が負けてしまう。
体を斜めにして体重をカペルに預けた姿勢のままで、また動きが止まった。
「アデルさんとオデットさんは、魔力の質がそっくりですね」
「そんなこと、わかるの?」
にわかには信じ難い。魔力量を測定する国家資格を持つ方は分かると聞くが、まさか。でもカペル君が嘘をつく理由がない、と考えるうちに「逆だ」とアデルは気がついた。
判別する能力のある人が資格を取るのだろう。
「毒毛虫の時に知っていると思うけれど、私の魔力量は桁外れで、目をつけられないようにオデットに渡して減らしているの」
だから質は同じ。
「オデットさんは――」
「カペル君」
アデルは言葉の先を封じた。
「カペル君が何を言っても、例えそれが正しくても、認めたくなければ私は『はいそうです』とは言わない」
毎日オデットといると見えてくるものがあるだろう。「実は」と打ち明ければ、より親身な行動をとってくれるかもしれない。
けれど、ひと様のご厚意に甘えすぎるのはよくない。
これは私の問題だから、巻き込むのは遠縁とはいえ親類であるマルセルまでにしたい。
アデルの腕を両手で拘束していたカペルが、無言のまま次の動きに移った。アデルはもう体のない状態、されるがままになる。
背中に腕が回るこの流れは抱え技に繋ぐ構えだ。本気で投げ飛ばされるはずはないと信じて、おとなしくしておく。
投げる手前で止めたカペルが静かな口調で語り始めた。
「僕は以前にも、この地へ来たことがあります」
「その時には城壁の上へ行けたの?」
「いえ」
アデルには聞いてみたいことがあった。
「立派な門があったでしょう。あれはどれくらい前まで開閉していたか知っている?」
「百年近く開門したままだそうです。宿の主人に聞いた話では」
あの後、父が門番の仕事を続けたとしても、歳も歳だったから十年かそこらだっただろう。
当時でも婿に入ろうという者はいなかった。後任者のないまま開け放しになったのかもしれない。
それにしても百年。アデルは目を閉じて、遠くへ来てしまったような心細さを飲み下した。
深く考えてはダメ。取り返しはつかず、みんなもういない。
慰めるかのようにカペルの手がそっと背中を撫でる。
それを心地良いと思うのは、いつもべったりとくっついているオデットがいないから。オデットが甘えているようで、以前に指摘された通り実は私が依存しているのかもしれない。
情けない気持ちは伝心するのか。
「大丈夫、大丈夫です」
カペルが頬を寄せて囁く声は、アデルの心に染みた。




