コリンヌの住んだ城壁のある村で・6
「今するとは言ってない。決まっちゃったら、カペル君大変でしょう?」
なにがどうとは言いませんが。なぜなら私は乙女ですので。後半になるにつれて声を小さくする配慮までしたのに、カペルは瞬きをするだけで返事をしない。
アデルはコホンと空咳などして、
「剣を右腰につけて右手で抜くなら、握りは逆手。左につけて右手で抜くなら順手握り。私はそう習ったわ」
強引に話を変えた。
背中から抜いたカペルは順手で握っている。
素人のアデルが教えるのだから、腕折り技は真似だけでも危険、誤って筋でも痛めたら大変なこと。肘をおさえての腰投げなら「さあ投げますよ」の直前で止めればいい。
「『私の剣をカペル君が受けとめます』の『そこから私がカペル君を投げにいきます』で」
アデルは体の動きを説明した。しかし説明の仕方が悪かったらしい。
短剣ごとアデルの体がカペルに巻き込まれる体勢になり、「これでは投げられるのが私アデルになってしまう」と気付いたのは、ふたりほぼ同時だった。
「ここから、どうするんでしたか」
遠慮がちにカペルが尋ねる。
「ええと、待ってよ。今は押した私の力をカペル君が利用して投げる形になっているから、これもアリといえばアリなんだけど……」
「教えてくれたかったものとは違うんですよね」
「違う」は優しい言い方だ。正しくは「逆」、アデルが投げるはずだったのにこれでは投げられてしまう。
「身長差がそうないから、やりやすいはずなのに」
どこで間違えたのかと順に動きを思い返すアデルを、体勢を維持したままでカペルは気長に待つ。
「カペル君、草の香りがする。地元の石鹸を使ったのね」
懐かしい香りを嗅いで、アデルは深呼吸した。間をおいて小声が返る。
「――アデルさんは甘い香りがします」
「何もつけていないのにね。それ若い男の子に分かる『女の子の香り』なんですって。最初に聞いた時は嘘だと思ったんだけど、繁殖期の動物の雌も『甘い』と雄に感じさせる匂いを振りまくんですって」
豆知識を披露してから、聞かせた相手が優秀な飛び級だったことを思い出す。
ふわっと香りが強くなったのは、カペルの体温が上がったせいかもしれない。こんなにくっついていれば、それはね。
考えているより、いちからやり直した方が早いのでは。
「カペル君ごめん。向かい合うところから、やり直していい?」
頷く気配がして、カペルが腕から力を抜いた。




