コリンヌの住んだ城壁のある村で・4
あの日の会話が耳に蘇る。自分の姿まで瞼に浮かぶのは、頭の中で記憶を組み替えてしまっているのだろう。
剣の構えも不格好で、重さに負けて剣先が下がってしまっているコリンヌと、剣を降ろしたままでも隙のないファビアン。始める前から勝負にならない。
でも今なら? 女相手だと甘く見てくれたら、私の一突きが有効かもしれない。それでも刺し違えるのが精一杯だろうが。
階段に立つコリンヌを「アデル」に置き換えてみる。狭い階段だから上段の構えは避けるべき。剣を右肩に引きつけ床と平行にする構えで、突きを狙うのが妥当に思える。
そこでファビアンはどう出るか。殺したいか拘束したいかで、動きは変わる。今なら、ファビアンの初動で彼の目指すところがわかるけれど、コリンヌには無理だ。
ファビアンはあの時「死んでくれ」と言ったのだったか。少し違うような気がする。興奮してまともに聞いてなかったと、自分で自分に言い訳などして。なにぶん古い話だ、思い出せないのも無理はない。
自分を慰めつつ、身についた剣技を繰り出すアデルの耳に、足音が聞こえた。
「アデルさん」
「カペル君?」
アデルは技を中断して剣を降ろした。夜目にもカペルの表情が硬い。
「鞘には入れたままだから、安心して」
相手を確かめずに斬りつけたりしない。薄暗がりで短剣を振り回す危険人物と思われたかと、剣を見せる。
「その心配はしていません」
苦笑ではあるが、カペルの雰囲気が和らいだ。
「何かご用?」
「剣の教えを乞いに。今日は短剣ですか」
家から持参したのは短剣。携帯禁止と明記されていなかったので、聞かずに持ち込んだ。使う機会があるとは思わないけれど、あれば安眠できる気がする。特に今夜は。
「短剣は手の内を見せたくないんでしたよね」
そんな話までしていたか。彼が覚えていることに驚きつつ、アデルは「そうじゃない」と口にした。
「不特定多数の方に見せるのを避けたいだけで、カペル君なら少しも嫌じゃないわ」
カペルの表情が僅かに変化し、思わせぶりなことを言う。
「誰が安心かなんて、わかりませんよ」
それはそうかもしれないと、アデルは肯定した。
だって私のかつての人生は、美形の優男とお近づきになるとロクなことにならなかった。
アデルの人生で優しい系美男子の最たるものはカペル君。前世までと大きく違うのは唯一かどうかだ。
覚えている三人の人生は、そもそも周囲に見目の良い男性はひとりしかいなかった。それでぽーっとなって入れ込み情けない最期を遂げた。
アデルは違う。一番身近なマルセルだって見ようによっては美形で穏やかな性格。彼氏なら偽装といえども広く浅い人気のあるジェラール先輩がいる。
だからカペル君が天敵である優しい系美男子でも大丈夫。今回は天寿を全うできると思う。




