コリンヌの住んだ城壁のある村で・3
扉の上、石壁の少し出張った部分に茎の長い紫色の花が一本乗っていた。草原に夏中咲いているありふれた草花だ。
萎れていないところを見ると、今日置かれたのだろう。
誰とも知らぬ人が手折ったものだけれど。コリンヌへの供え物のような気持ちでアデルは一度花を手に取り、目を閉じて薄い香りを嗅いでから再び置いた。
他に見るところもなく、今夜の宿の前を通り過ぎて草原へと足を向けた。昔、晴れていれば必ず洗濯をしていた小川へと行ってみようと思う。
この村が今住んでいる街から二日の距離で、アデルの人生で来ることがあるとは思いもしなかった。
魔法球の伝わる地が記された書物も読んだけれど、この場所は載っていなかったような気がする。ファビアンが持ち去ったから、だろう。
夕焼け空を眺めるアデルよりかなり遠くに、こちらへ背中を向けて立つ人の姿があった。ぞくりと肌が粟立つ。
ファビアン? とっさに浮かんだ人の名をすぐさま打ち消し目を凝らして、それがフレデリック・カペルだと分かった。体つきがまるで違うのに、コリンヌだった記憶に引きずられてしまっている。
胸の真ん中、硬い部分を指でなぞりながらアデルは来た道を引き返した。
宿の食堂は時間交代制で、アデル達の夕食はとても早い時刻だった。これでは夜が長い。
マリーとロザリーは弁論大会に向けて準備に余念がなく、引率教師はその指導にあたっている。
オデットを連れて行こうとしたくらいだ、そこは期待されていない。できるのはお邪魔にならないことと心得て、宿の裏手へと向かった。
武術訓練用の木馬と杭が設置されているのは、昼間偶然通って知った。木馬には鞍と鐙まであるから本格的だ。
さすがに騎乗での戦い方までは習わなかったけれど、重要なのは体重を乗せて打ち込むことと聞いた。
剣をしっかりと握るのは、どのような場面でも大切だ。
宿の窓から漏れる明かりで、足元は薄ぼんやりながらも見える。長時間の馬車移動で強張った体をほぐすことにした。
短剣は安価で携帯に便利。一番身近に使える武器と言っていい。
抜いてからは一撃で仕留めることを想定し、アデルは背中の構えから仮想の敵に対していくつかの技を繰り出した。
利点が多いように思える短剣は、アデルにとっては戦法に大きな問題がある。「先に相手の短剣を奪い動きを封じる」つまり体術とセットなのだ。
敵が男性だとすれば極めて不利になるので、やはり一撃で終わらせなければ勝ち目はない。
必要な場面でためらいなく突けるだろうか。
――もしコリンヌが剣を使えたなら。
『剣をおろすんだ。俺には勝てない』
『やってみなきゃ、わからない』




