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コリンヌの住んだ城壁のある村で・2

 本当に、どれくらいの年月が経ったのだろう。注意深く人々を見ても、見知った顔はない。

とは言っても、アデルの記憶もかなりおぼろげではある。門番だった父の顔も「見れば分かる」程度だ。



 アデルはひとまず勧められた領主の館を目指した。二十分も歩けば着く。かつてその場所にはボロボロの礼拝所があって、お珠様が祀られていたのだった。


 それを狙ってファビアンがコリンヌに近付いた。

あの頃は狼と盗賊を警戒して、父が毎晩門を閉めたものだ。よそ者に対して冷ややかな村だったから、今日のように大勢の旅行者がそぞろ歩く景色は想像もつかない。



――ファビアン。門番の娘をたぶらかして上手く事を運んだ彼。

アデルが今考えても、騙されたのは仕方がないと思う。そういう目的で近付く人がいると、誰もコリンヌに教えなかったのだから。


 ファビアンにとってはただの「仕事」だっただろうが、コリンヌにとっては悲しいほど鮮やかな思い出だ。騙されたと知ってもなお恨む気持ちが湧かないのは、ここでの生活が単調過ぎて、彼との恋だけが華やぎだったせいかもしれない。


 結婚した相手に幻滅が増したシャンタルを思えば、コリンヌの生は悪くないように思える。


あの後、ファビアンは無事に逃げおおせただろうか。



 礼拝所には、記憶が正しければファビアンの仲間が火をつけたはず。元の礼拝所があった場所は、復元した領主の館になっていた。


 真新しい建物をそれなりの興味を持って見学する。陳情室や応接室など、いかにもありそうな感じに再現されていた。




 ぐるりと回って、城壁の内側に沿って歩く。ひと気はなく午後の影は長くなりつつある。ふと物陰から当時の住人が籠を抱えて「コリンヌ、こんな時間に珍しいね」と顔を出しそうで、自然に歩みは遅くなった。



 アデルはそうしてかつてのコリンヌの住まいまで来た。胸がざわざわとするけれど苦しくはない。

風雨にさらされて色をなくした木の扉。指を伸ばし、ためらってようやく決意して押せば、鍵がかかっていて開かなかった。



 開かないとなると中が見たい。つま先立ちをして高い位置にある明かり取りの窓から覗いた。


 床に積もった砂埃には足跡がない。人が長く立ち入っていないのだとひと目で分かった。

アデルが次に目をやったのは階段。コリンヌの血を吸っただろう木の階段は取り外され、二階に上がれないようになっていた。


 あの二階でファビアンと。本当に幸せで世界で一番幸せなのは私だと信じて疑わなかった愚かさが、切なさとなって胸に迫る。


ふと花の香りを感じて、アデルは左右に目を配った。


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