偽装彼氏は秘密の裏技伝授する・2
「それは大変」
「そういう時は大量に水を飲ませて、塩を吐かせる」
退屈したオデットがアデルの目を盗み――盗めていない――また「ちょい」とジェラールにちょっかいをかける。口の端を一瞬上げたジェラールが掴むフリで逃がすと、それが嬉しくてくふくふと口を押さえて笑う。
これでもお姉ちゃまに気がつかれてはいないつもりなんだろう、きっと。
「俺は将来のために見下されないよう高値を出したかったが、アデルちゃんは逆なんだろ」
目元に手をやり、紺色の瞳を示す。寒色の瞳は魔力量が少ないとされるから、測定値を高くしておきたかったのだ。魔力なんて実生活で使うことはまずないのに、魔力量で人の優劣をつける人もいる。主に貴族だ。
上げる方法はあっても下げる方法はないだろう。塩で上がるなら、砂糖で下がるとか?
「下げたいんなら水を大量に飲めばいい」
答えはあっさりと明かされた。
「でも、これまた摂りすぎると……」
「ぶっ倒れる?」
後半を引き取ったアデルに頷きつつ、手は器用にオデットの相手をしてやっている。
「そう、意識が朦朧とする」
「適量なんて、どうやって知るの?」
「うちは推量を兄貴が試してみて何回か危ない目に合いながら、体重あたりの量を見つけた。体質が似てるんで俺はそれをそのまま」
「私だったら?」
素早く全身を眺めるジェラールは、体重の見当をつけているのだろう。
「桶一杯弱ってとこか。それ以上は心配だ」
手で桶の大きさを教えてくれながらの量は、一日に飲む水の三倍くらい。
「試してみる。それは知ってる人の多いやり方なの?」
マルセルから聞いたことはない。
いつの間にかオデットの足は堂々とジェラールの膝に乗っている。話の腰を折りたくないので、見えないものとする。
「うちは仕事柄、魔力量を上げたい時があるだろ。ひいじいさんが何か方法はないかと、体鍛えたり寝る時間を増やしたりと思いつくことを片っ端から試して、効果があったのが塩。水はそのついでに知った。下手すると命に関わる話だから、よそには漏らさない。俺が話すのはアデルちゃんが初めてだ」
そんな大切なことを教えてくれたなんて。他言しないと誓うべきか。
「秘密を抱えてる奴は口が堅い。そこは心配してねえよ」
ジェラールの視線はアデルの胸の中央、服の上からでも正確に捉えるのが凄い。一度見たらホクロの位置まで覚えられそう。
「今、俺の悪口思いついたろ」
言い当てられた。オデットがかまってくれと足をばたつかせる。
「オデットちゃん、頭ぐしゃぐしゃしていい?」
「くしゃくしゃならいいです」
ジェラールが指を立てる形でアデルの膝上にあるオデットの頭をなでる。「ぐしゃぐしゃ」ではなく「わしゃわしゃ」。オデットが猫のように喉を鳴らす。
「かっわいいなあ、ほんと。うちにもオデットちゃん欲しいわ」
「あげません、お姉ちゃまが寂しくて泣いちゃうので」
寂しくて泣くのは自分でしょうよ。人の話にしちゃって。
真剣に断る頬をくりくりとしてやると、オデットは目を閉じてうふうふと笑った。




