カチカチ先輩と仲良しのお姉さん・5
「カチカチ先輩! 今日もオデットはご機嫌ですっ」
いやもう「カチカチ先輩」と呼ばれれば、名乗ってもらう必要はないオデットちゃんだった。
会うたびに「ご機嫌だね」と言っていたら、先に教えてくれるようになったらしい。
実際、オデットちゃんほど気分の波のない女の子は初めてだ。
普通なら声を掛けはしない距離でもためらわないところも、オデットちゃん。
そして飛ぶような快足で隣まで来てピタッと止まるから、勢いに圧されてリズが離れてくれたのは、オデットちゃんのお手柄だ。
「カチカチって……まさか」
リズの視線がジェラールのベルト下あたりにとどまる。両手で口元を隠して目を見開くが、なんの想像をしてるんだあり得ないだろと、呆れて物を言う気にもならない。
付け加えるなら「硬度」は男同士で比べようがないから自分では分からない。
リズなら答えられるだろうが、オデットちゃんが覚えてお姉ちゃまに話したら、俺の人生が終わる。
「今日はカチカチの日ですか」
「今日はしねえな」
「がっかりです」
火ばさみを使ってから毎度「仕事をするか」と聞いてくる、勤労意欲が高いのはいいことだ。
卒業後はぜひとも姉妹そろってウチで働いて欲しい。
リズの頭が疑問で埋め尽くされていることくらい、手にとるようにわかる。
「オデットちゃんがひとりってことは、ないよな」
「カペル君」
競技場の入口には、神妙な顔つきをしたカペルがいた。軽く会釈する様子でリズが抱きついていたところを目撃されたと理解する。
――なんてこったい。
「ねえ、ジェラール。この子が彼女?」
震え声でリズが尋ねる。
「はい! そうです。私が彼女です!」
得意げに胸を張るオデットちゃんは「彼女」について誤解している。「お姉ちゃまが彼女になるなら私も彼女になりたい」と言い張り、カペル君がオデットちゃんを引き受けた――と言っていいと思う――が、オデットちゃんには「誰の」彼女かという考えがない。
「きれいなお姉さんは誰ですか。お姉さんも彼女ですか」
屈託なく聞くから恐ろしい。リズが引いた顔になる。
未知の生物に出会った気になるのだろう。わかる、わかるが慣れたら可愛いばかりだと教えたい。
「一緒に遊びますか」
これは本気でねだっているのだろう。あざとい角度で掬い上げる目線は小柄なオデットちゃんならではの技。
「いいえ」
きっぱりと断るリズ。
「ジェラール、来るもの拒まずなのは知っていたけど、ここまでとはね。信じられない」
おいおい、一応彼氏のカペル君に失礼だろと思うけれど、聞こえる心配のない距離だった。
リズが表情を立て直した。
「友達を待たせているから、行くわ。会えてよかった、さよならジェラール」
「元気で」
以前には意味なく口にしていた「またな」は付けない。気がついたかどうか、作り笑いを浮かべてリズは「お先に」と背を向けた。
リズが去り、カペル君が歩み寄る。
「すみません。人がいないと思って、お邪魔をしてしまいました」
「いい、いい。ちょっと困ってたとこだ。オデットちゃんがぶち壊してくれて逆に助かった」
アデルちゃんにはそう言ってくれよと見れば、オデットちゃんは箒にまたがりぴょんぴょんしている。
「なんだ、あれ」
「魔女になりきって空を飛ぶ練習です」
カペル君の真顔に吹き出しそうになり、いや案外と思い直す。本気で走ったら何メートルかは飛べるかもしれない、オデットちゃんなら。




