前前世の恋 私がコゼットだった時・1
アデルの前前世の名はコゼット
覚えていただかなくても少しも差つかえありません
神殿で暮らすのは神職ばかりだと思いがちだが、神職より下働きの人数がはるかに多い。
コゼットは十二歳で奉公に出た。貧しい農村出身で奉公は口減らしだ。だから長期の休みもなく、年に一度弟妹へささやかな土産を持って里帰りするのを楽しみにしていた。
それも三日目ともなると親がいい顔をしないので、一泊だけして神殿へ戻る。
コゼットの担当は床磨き。広い神殿と生活棟は、毎日朝から晩まで掃除をしても終わるということがなかった。
無駄なおしゃべりをすると叱られる。それに下働きのうちでも最下級のコゼットを気にかける者はいない。
珍しく呼び止められる時は、指示か苦情と決まっていた。
そんな中レイノー様は違った。まだ若い神官で、こちらへは半年前にいらした。
香炉の灰を何かの拍子にぶちまけてしまいお困りのところに、ちょうどコゼットが行き合い速やかに片付け、感謝された。
名を聞かれ教えると「コゼットさん、かわいらしいお名前ですね」と言ってくれた。
もちろん自分だけに優しいなんて勘違いをするほどうぬぼれてはいない。誰にも丁寧に接するお方なんだと理解している。
それからというもの、人目につかない場所ですれ違ったりすると、隅っこに避けたコゼットに甘いお菓子をひとつ下さるようになった。信者さんのお供えのおさがりらしい。
「私だけ、いただくなんて」
申し訳ないとお断りすると
「女中頭に皆で分けるよう下げ渡していると聞いていますが、あなたの口に入るほどの数はないようですから。これは他の神官も余した分なので、お気になさらず」
他の皆は先に貰っているのだと、教えてくれた。
そこまでおっしゃるなら。ありがたくいただいたお菓子は、夢に見るほど美味しかった。
レイノー様にまた会えないかと期待して、コゼットは毎日の掃除に励んだ。
今までは使わない部屋の掃除には身が入らなかったのに、レイノー様はこういう部屋の時にこそいらっしゃるかもしれないと思えば、床を磨く腕に力も入ろうというもの。
ある日、コゼットの見る前で下働き仲間が女中頭に呼ばれて、そのまま姿を消した。
不思議に思いつつも理由など聞けないコゼットの耳にも、風の噂は届く。
「若い神官とねんごろになり、それが知られてしまった。神官は『より深く神に仕えるように』と辺境の地へ行かされ、仲間内で一番の美人だった彼女は人相が変わるほど殴られ、罰として髪を短く刈られたうえ、着の身着のままで叩き出されたらしい」
コゼットは恐ろしさに震え上がった。