カチカチ先輩の相棒はオデット・1
アデル達が買い出しから戻ると、母とマルセルが居間でお茶を飲んでいた。
「さっき、ルグラン君がいらしたのよ」
「卒業して家を出るつもりで、部屋を探しているらしい」
何をしに来たのかと聞く前に、マルセルから回答が得られた。
「気に入ってくださってたのよ。でも、向かい側がマルセルのお部屋だってわかったら『考えます』って」
「立派な青年だったのに」と残念そうな母をマルセルが慰める。
「卒業してからも教師の顔を見たい生徒は、いませんよ」
ジェラール先輩、人の留守にいったい何を。アデルは痛みそうな頭を押さえた。
翌々日、昼休みをオデットと空き部屋で過ごしているところに、ふらりとジェラールが現れた。
「カチカチ先輩!」
アデルの膝に頭を乗せてすりすりしていたオデットが勢いよく身を起こす。
「よう、オデットちゃん。ご機嫌だね」
「今日もカチカチ持ってますか!」
オデットの言葉がおかしい。火ばさみを持たせてくれたことで、ジェラールの印象が格段に良くなり「ワルイ先輩」から「カチカチ先輩」に昇格したらしい。
なおこの「昇格」はオデット基準であることは言うまでもない。
「今日はさすがに持ってない」
オデットの相手をちゃんとしてくれるところがジェラールだ。露骨にがっかりとしたオデットが、それでもなお食い下がる。
「またお仕事しますか」
「そのうちな」
ワクワクの隠せないオデットをかわす……が、
「私もお手伝いします!」
かわし切ることはできなかった。
私には無関係ですので、と極力存在感を消すアデルを、ジェラールがちらりと見る。
「オデットちゃんが手伝ってくれるなら百人力だが……お姉ちゃまは嫌そうだぜ」
ええお姉ちゃまは御免です。おふたりでどうぞ。貼り付けた微笑で伝えた心の内をどう取ったのか、ジェラールが上着の内ポケットから封筒を出した。
「この間の害虫駆除、委託料が入ったから渡しておこうと思って」
アデルは毛虫一匹退治していないし、オデットは火ばさみで拾っただけ。しかも楽しんで。
受け取るべきは私ではなくカペル君だと、アデルが進言すると、ジェラールは戸惑ったような表情を見せた。
「俺もそっちが筋だと思ったんだが、自分はいいからアデルさんにってカペル君が。で頼み事をされた」
なんだろう、アデルには心当たりがない。頼まれごとの内容が意外だったのか、ジェラールの歯切れが珍しく悪い。




