ジェラール先輩の不機嫌・2
「出してません」
そもそも今日の害虫は切らなくていいから、剣は不要。そんなことが分からないジェラールでもないと思うのに。
半眼に怯んで後じさりしようとしたら、アデルの後ろは木だった。すでに背中に幹があたっている。
「なにもなしで、あれまでの威力ね」
疑っていると、あからさまに態度で示す。
「カペル君は、上着の下に護身用の小刀を持っていたので」
「ふうん?」
じりっと詰め寄られて、後ろがないので「これ以上の接近は控えてください」との意味を込めて、両手のひらジェラールに向けて止める形をとる。
気に障ったらしいジェラールが傲慢なほどに顎を上げて、わざと胸を押し付ける。うっすらと汗ばんだ肌は、なんだか艶めかしい。
思わずアデルは唾を飲み込んだ。
――そんなことを考えている場合じゃない。
「剣を出した後の私が普通に動けなくなるって、先輩知ってますよね」
「……まあな」
語気を強めるアデルに、ジェラールは渋々認めた。
「馬車まで道具を取りに行ってくださったのがムダになってしまったのは、申し訳なかったと思っています。でも怒らないでください」
そもそも来たくもない自然公園に誘ったのは、ジェラールだ。予定外の害虫退治までしたのに、不機嫌になられたのでは、割に合わない。
大人なアデルは不愉快な気分をそのまま出したりしないけれど、腹の立つのはこっちですよと言いたい。
「別に怒ってねえよ」
「でも、機嫌を損ねてる」
正しい指摘は時として人の怒りをうむもの。沈黙がひろがった。
ジェラールが、肩の力を抜くように一度上下させた。
「アデルちゃんが誰彼なく胸を触らせて『内緒で』とか、ぷるぷるした吸い付きたくなるような唇で言ってんのかと思ったら、腹が立った」
「な!?」
この上なく目を見開くアデルに、ジェラールが開き直ったような笑みを浮かべる。
「言うつもりはなかったんだが、無性にイラついて我慢できなかった」
申し開きをしているはずなのに、なんというか……先輩の態度がふてぶてしい。ごめんなさいの欠片もない。
「ひとを誰にでも愛想をふりまく多情な女みたいに……」
心外です、と眉間に皺を寄せてみせる。が、剣は出さなくてもカペル君の背中に密着していたから、大きなことは言えない。
もちろんその事実は墓まで持っていく所存である。




