引けない戦い・5
――宝珠。複数個存在するはずの魔法球は、所により様々な呼ばれ方をする。
「宝珠」で思い出すのは神殿で床磨きをしていた頃だ。今考えるとひどい扱いを受けたと思う。
アデルの顔は引きつったらしい。動揺しつつもカペルが言い募る。
「あの並外れた力は宝珠に似ているというより、宝珠そのものです」
ここにも魔法球に魅せられた男がひとり。魔法球について「あれは伝説だよ」と口では言いながら、実は信じている者は多い。
カペルもそのひとりだったかと、嘆きたくなる。
アデルはカペルの手から指を抜いた。
「なんのことでしょう。宝珠がどのようなものかも存じません。私の魔力量が多いとは、幼い頃に父が気がつきました。良からぬ輩に目をつけられたら困るので、これまで隠してきました。今後も人に言うつもりはありません」
聡明なカペル君なら「よそで余計な話をしてくれるなよ」と言いたいのだと、理解してくれるだろう。
彼が宝珠と結びつけて考えると知っていたら、毛虫は好きに逃がしたのに、本当に失敗した。
僅かに表情を曇らせたカペルは、それでもすぐに気を取り直したように、手を差し出した。
「――余計な詮索をした非礼をどうかお許しください。僕からアデルさんの秘密が漏れることはないとお約束します」
これは握手を求められているのだろうか――片膝をついたままのご令息に。
無下にもできずアデルも手を出すと、カペルは握った手を自らの額へつけた。思いがけない行為に、アデルの肩が跳ねる。
「オデットさんなのに、どうして」
小声でもしっかりと聞こえた。「僕の彼女はオデットさんなのにアデルさんの方がカッコよく見えるのはどうして」と言いたいのなら。
それは魔法球の力ですよと教えてあげたい。
魔法球のあるとされる地を聖地として巡る人もいるくらいだから。
思い返せば、お珠様をはじめとして魔法球の近くに暮らすことが多かった。コリンヌ、コゼット、シャンタル、忘れたかと思った名はすぐに思い出せる。
関わるとロクなことがないのに、なんとアデルの体内には魔法球がある。
また長生きは望めないかもしれない。きっと今回も優しい系美男子が原因となり早世するんだろう。アデルとしては、運命というものがあるとするなら抗ってみるつもりだが。
「お姉ちゃま――。おいしい匂いがします――、なにを食べてますか――」
ひとりで三人分くらい賑やかなオデットの声が響く。
「食べてるって……」
それは毛虫の焼けた匂いでは。香ばしいといえば言えなくもないけれど。まあ、見ればわかる。
アデルが情けない気分で腰を浮かせるのに合わせて、カペルも頬を緩めながら立ち上がる。
「オデットちゃん、本気で足速いわ」
「ワルイ先輩が遅いです」
「可愛い顔して容赦ないね」
得意げに駆けるオデットのすぐ後ろで、やれやれという顔をするジェラールがおかしくて、アデルとカペルは顔を見合わせて笑った。




