引けない戦い・4
骨ばった肩越しに毛虫の下がる木を見ながら、アデルは左手をカペルの腹部へと回した。左手からの魔力の流れも意識すると、火がまるで光線のように一直線に伸びる。
「私はここまで、後はお任せします」
後は託すと告げると同時に、火の赤みが増した。カペルの腕の動きにより、小刀から真っ直ぐに出た火炎が毛虫を炙る。まだ宙にいた毛虫がポタリポタリと地に落ちた。
農婦であった時、虫を排除するのはまるで気にならなかったのに、今とてつもなく酷いことをしているような後ろめたさがあるのは、毛虫が大きいせいだと思う。
アデルが身を離しても火勢は安定していて、繊細に火を操り木に焼け焦げを作らないのは、さすがだ。
ジェラールよりカペルの魔力量は遥かに多い。暖色系の瞳を持つ者は魔力量が多いという説は真実らしかった。
剣を出した時ほどでなくとも、疲れた。アデルはテーブルに背を預ける形で、丸太を切って置いただけの椅子に腰掛けた。
走る走るオデットは、魔力をいつも以上に持ってゆく。何もないところから火を作るのは魔法球の力でも、魔力はアデルという「管」を通る。勢いよく通れば「管」に負担がかかったり削られたりする。
身の丈に合わないほどの力を使えば障りがあって当然、と納得している。
カペルが地上の毛虫を焼きにかかった。これで一安心。アデルはオデットの走ってくるだろう方角へ視線を移した。
オデットもジェラールもまだ来ない。おそらく、枝切り鋏と箱を持って戻る途中でオデットと会い、馬車に引き返して道具を変えたのだろう。燻煙機をここまで運ぶ頃には、もう毛虫は片付いてしまっているのが、申し訳ない。
オデットは目新しい物が好き。燻煙機を使うところが見られなくてがっかりする姿が瞼に浮かぶようだ。お願いをきいてもらったから、オデットのお願いもきいてあげないと。
アデルは瞳を閉じて体力の回復をはかった。
どれくらい経ったのか。
「アデルさん、終わりました」
低い位置から声がする。薄目を開けると、まだ顔の下半分を布で覆ったままのカペルが片膝をつき、アデルの顔を心配そうに見ていた。
「大丈夫ですか、無理をしたのでは」
膝の上で重ねたアデルの指にそっと触れる。血の気の失せた白さを気にしてくれているが、魔法球の力を引き出した後はこれが普通だ。
「いいえ。私こそ押しつけてしまって、ごめんなさい」
本来必要のない虫退治をカペルひとりに任せてしまったことを謝るアデルに、カペルは首を横に振った。
唇を引き締め真っ直ぐにこちらを見つめる。
「聞いてもいいですか。アデルさんは宝珠を持っていますか」




