引けない戦い・3
カペルが息を呑んだ。何ごとかと木を見たアデルの背中に緊張が走る。
一匹の毛虫がゆるゆると糸を伸ばして草地へとおりていた。
行方を見逃すまいとする視界の端で、また一匹動く。これは……
「――アデルさん、風上へ移動してください」
凛として告げるカペルは、どこから出したのか、小刀を手にしていた。一匹ずつ切るつもりだろうか。
その間にもまた一匹、地面へと到着する。これでは全部降りてしまうかもしれないと、危ぶむ。
ジェラールの戻る様子はない。
巨大ムカデと比べれば危険度が低いのは、アデルも理解している。でも、不本意だろうにオデットの彼氏役を引き受けてくれたカペル君は、伯爵家のご子息。髪の毛一筋も傷つけるわけにはいかない。
はっきり言って、ジェラール先輩とはわけが違う。
アデルは短く強く息を吐いた。魔法球の力を使うのが、毎度虫相手になるのはどうしてなんだろう。使い方が間違っているような気がする。
「カペル君、火魔術は使えますか」
油断のない背中に声を掛ける。
「はい。でも全く火気のない場所では使えません」
偶然近くにパイプをくゆらせる人でもいれば別だけれど、公園には火気がない。やはり魔法球に頼ることになる。
こんなにホイホイ使っては内緒もなにもないと、アデルは内心自嘲した。
「火種は私が作ります。後の細かな操作はお願いします。ちょっと我慢してくださいね、ごめんなさい」
謝ったからいいってもんじゃないのは承知。背中からカペルに抱きつき、小刀を持つ腕を下からすくって手首を握る。
「毛虫を焼き払いましょう。多少草や木が焦げても大丈夫。ジェラール先輩は水魔術が使えます」
驚きのあまり声もないカペルの耳元で囁く。抱きつきたいのではなく、こうしかできないので仕方がない。
公園内に水辺があるのはムカデの時に知った。この距離ならジェラールの水魔術は成立する。
「やっちゃって、カペル君」
胸の中央から右手へと魔力の流れを意識的に作ると、小刀の先端に小さな火球ができた。
剣を体から出すことに比べれば、はるかにたやすい。
身を固くして微動だにしないカペルは、理解がついていかないのだろう。そうこうするうちに毛虫は散り散りになろうとしている。
「考えないで感じるままに。すべてうまくいくわ」
自分でできればいいけれど、魔力が膨大にあっても行使する能力がない。アデルが魔術を使えないのは周知の事実。
カペルが驚くのも当然、何もないところから火をおこすなんて考えられない――人の力では。




