前前前世の恋 私がコリンヌだった時・6
ファビアンの右手は見慣れない剣を握っている。腰にシャツを巻いただけのほぼ裸なのに手には剣なんて、笑える。
左手にある小箱もまた初めて目にするものだ。
「簡単に騙されて馬鹿な女だと、腹で笑ってた? それとも少しは憐れんでくれた?」
「コリンヌ」
なだめるように名を呼ぶファビアンの右手がわずかに動いたのを、コリンヌは見逃さなかった。
「お優しい声ですこと。そんな顔をして私を殺すのね。気安く『コリンヌ』なんて呼ばないで」
ぴしゃりと告げた。
階段の脇、見つかりにくいところに剣が常備してある。侵入者が上がって来たときの応戦用で鞘もない。子供の頃から見ていたけれど、まさか使う日が来るとは思わなかった。
抜き身の剣を手に取ったコリンヌが睨みつけると、ファビアンは悲しげな表情を浮かべた。
「――剣をおろすんだ。俺には勝てない」
「やってみなきゃ、わからない」
「分かりきってる。コリンヌ、落ち着いて。話を聞いてくれ」
「だから、名前を呼ばないでって言ったでしょう!!」
苛立ちをそのままぶつけると、ファビアンは開きかけた唇を閉じた。
「どうして私が聞かなくちゃいけないの? 勝手な言い分を。 聞かせておいて殺すの? そんな手間をかけなくても、さっさと殺せばいいじゃない」
「コリンヌ、頼むから」
外の騒ぎが徐々に大きくなっている。そろそろ私のところへも人が来るかもしれない。コリンヌはファビアンから目を離さずに考えた。
この騒ぎを起こしたのはよそ者と、ケガをした人が証言したら。私が男を引き込んだのが原因だと皆に知られたら、ここでは生きていけない。父だってそう。もう取り返しはつかない。
お珠様さえなければ出会わずにいられたのに。
「会わなきゃよかったわ」
ファビアンが呼応するかのように、一歩踏み出す。
「来ないで!」
叫ぶのにも飽きた。
「剣なんて初めて触った私では、勝てない。だから――」
コリンヌは口角を精一杯上げた。魔女のような顔になっているかもしれない。だってほら、ファビアンの顔色が失せている。これからもっと驚くのに、大丈夫?
「私の死にざまを目に焼き付けるといいわ」
言い放つと同時に、剣を首にあて両手で思い切りよく引いた。
「地獄へ堕ちろ」と言ってやりたいのに、もう声にならない。
コリンヌが最後に思ったのは「どうか早く逃げて。捕まらないで」だった。