引けない戦い・1
アデルとジェラールの視線が交錯する。そこまで親しい間柄でもないのに感情が伝わるのは、ジェラールのコミュニケーション能力の高さによるものだろうと思う。
アデルが譲歩したのを察して浅く頷く。
「埋め合わせはする」
「その埋め合わせがまた虫退治になるのでしょ。何もしてくれないのが一番です」
「言ってくれるねえ、アデルちゃん。否定できないところが、悲しい」
少しも悲しくなさそうな顔で苦笑する。
「ちょっと道具取ってくる。幸い手の届く高さにいるから箱に厳封してウチで燃す」
「お手伝いいりますか」
荷物が多いだろうからとアデルが申し出ると、ジェラールはひらりと手を振って断った。
「いや、大丈夫。ひとっ走り行ってくる」
気をつけてと言おうとした時には、もう走り出していた。見る見るうちに背中が遠ざかる。さすが走って通学しているだけのことはある。
「お姉ちゃま、私とどっちが速いですか」
対抗心を燃やしたオデットが期待に満ちた目で見上げた。
「そうね、オデットのほうが速そうね」
満足してまたぐりぐりと頭を押し付けるオデットを押し返していると。
「うわっ」
焦った声が聞こえた。
アデルもオデットも、そちらを向く。木の枝を手にしたカペルが、のけぞっていた。
「カペル君」
オデットの呼びかけに強張った顔で振り返る。
「落として枝で突き刺そうと思ったら、触れた途端に糸を吐いてぶら下がりました」
確かに葉から離れた毛虫が宙に浮いて見える。糸でぶら下がっているらしい。
「触らないほうがいいわ。枝ごと切るのが楽なの」
「お姉ちゃま」
カペルに説明するアデルの服をオデットが引く。なに? 問うまでもなく、毛虫が順々に糸を吐き葉からぶら下がっていくのに気がついて、目が点になった。
「げ」
アデルの口からも、およそ年頃の女の子らしからぬ声が漏れる。
木の下部分に見ているだけで寒気がするほどの数の毛虫がぶら下がった。風もないのに微かに揺れる。
「カペル君、離れて!」
「お姉ちゃま、木に飾りがつきました」
場違いに「すごい」と感心する妹に、言葉を返す気にもならない。
「すみません……」
隣まで来てカペルが肩を落とす。
「カペル君が悪いんじゃなくて、タイミングだったんだと思う」
毛虫同士で意思の疎通ができるとは思えない。でもこれで使う道具が変わってしまった。枝切り鋏と箱ではだめ。
殺虫剤を燻煙機か噴霧器で使う必要がある。
「カペル君、虫は私とオデットが見張っていますから、先輩の後を追って状況が変わったことを伝えてください」
聞いて、カペルの表情が変化した。




