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ジェラール宣戦布告する

 進路相談室向けの提出物を持って行こうとする同級生に、ジェラールが「持ってってやるよ」と声をかけたのは、職員室へ立ち入る口実が欲しかったから。


 目当ての人物は不在で「ドブロイ先生は」と尋ねると、講堂にいると教えられた。



 近々開かれる集会の準備だろうと予測した通り、ドブロイは作業着の男性数人と図面を見ながら打ち合わせをしていた。


 邪魔をするつもりはない。ジェラールが出直すつもりになった頃、ドブロイが気がつき軽く挙手した。


「ルグラン君、少し待ってくれたらきりがつく」


それならと待つことにした。



 マルセル・ドブロイ先生は教師二年目。ジェラールの目にはどうという特徴のない男に映るが、「優しい」と女子受けはいい。

口調と物腰が柔らかく、誰にも同じように接するから安心感を与える。


 なのに、ひとりの女生徒を特別視しているとなれば、手のひら返しで嫌われる。そんな事がわからないとも思えないのに、実際は先日の通りだ。

 


「待たせたね、アデルのことかな」


 隠そうともしない呼び捨ては、らしくないものに思えた。


「アデルが困っていたところを助けてくれたそうだね、ありがとう」

「礼はいりません、勝手にやったことなんで。でも、少し気をつけた方がいいんじゃないですかね。女のコが先生に憧れて通いつめるのはあるだろうけど、気を遣ってやるのが大人ってもんじゃないですか」



 ジェラールの文句に、穏やかで知られる教師は怪訝な顔をしてからすぐに微笑を浮かべる。


「ああ、そのこと。アデルは君に話していないんだね」


 アデルアデルって、うるせえな。とは、教師に向かってさすがに言えない。 


「人の恋話を根掘り葉掘り聞く趣味はないんで」


 許されるのはこれくらいだろう。感心した様子でドブロイが頷く。


「そういう風だから人気があるんだね。アデルと私は君が思うような仲じゃない」


ここにきてそれか。

「俺が思うような事は、誰もが思ってますよ」



ドブロイは少し考えるような顔つきになった。


「だとしても、結婚を視野にいれた交際なら、教師と生徒でも許されているんだよ。知らなかった?」

「は?」


 自分でも感じの悪い聞き返しだと思う。余計な口出しだと暗に言われた不快感が態度に出た。


「でも今の先生の話からすると、そこまでの関係じゃないってことですよね」


 ドブロイが目元をゆるめたのが、優位に立つ者の余裕のようで、ジェラールの腹立ちは増す一方。



「それなら俺がかっさらってもいいですか」


 気持に任せて挑発したジェラールに、ドブロイは目を細めた。


「君の今まで付き合ってきた女性と違って、アデルは遊び相手には不向きだと思うけれど。そうだね『彼女が君を選ぶなら』とでも言っておこうか」


 その余裕、苛つく。ジェラールもあえて笑顔を作った。


「聞きましたよ、後からグダグダ言わないでくださいね」

「それはね。でも、どうだろう。彼氏がいるとわかっている女の子を口説くような男に、アデルが惹かれるかな」


ふと思いついたように口にする表情は、平静そのもの。


「ご助言どうも」

「どういたしまして、健闘を祈るよ」


 嫌味にも穏やかに返されて、ジェラールは舌打ちを堪えた。心の内でアデルに語りかける。

彼氏結構ヤな奴だぜ、と。


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