偽装彼女の心得・1
「だから、あからさますぎるって言ったよな。俺」
馬車のなか。アデルとオデットが並んで座り、向かいの座席にジェラール。馬車はブラッスール家の馬車だ。
「それに関しては重々反省しています。耳に痛いので、それくらいで」
マルセルとのやり取りに気をつけた方がいいと忠告されていたけれど、真剣に取り合わなかったのは私。だってまさかこんなことになるとは思わなかったもの。
ぴこっとオデットが耳を立てる。
「お姉ちゃまのお耳が痛い? 先輩を成敗しますか」
「しなくていいわ、オデット。して欲しい時は言う。その時はお願いね」
「物騒だな、おい」
「お姉ちゃまが彼女、私も彼女」とくふくふと笑うオデットを視界に入れながらジェラールが問う。
「完全に誤解してる、どうするよ」
「先輩、オデットにわかるよう説明してくれませんか」
「あ〜、自信ない」
押しつけようとしたら、あっさり白旗を上げるジェラール先輩は、今日も着崩した制服がお似合い。
あの後、カペル君は「私がカペル君の彼女でカペル君も私の彼女?」と聞いたオデットに「僕は彼氏だよ」と答えると、周囲の視線に耐えきれなくなったらしい。
頬を紅潮させて「授業に遅れるよ、行こう」とオデットの手を引っ張って小走りに去っていった。
どこからか聞こえた「むちゃくちゃ可愛い」に、一同同意する。ほっこりとした空気が流れた。
ドブロイ先生とブラッスール姉がどうのという話は、誰の頭からも飛んでしまったことだろう。アデルはそっと安堵の息を吐いた。
アデルが頬を撫でるうちに、オデットは気持ち良さそうに眠ってしまった。家まではすぐに着いてしまう。一時間ほど街なかを流してくれるよう、おじさんに頼んだ。
頬をつついてオデットが熟睡したことを確かめてから、ジェラールと「大人の会話」に入る。
「いきなり『彼女だ』なんて言うから、びっくりしました」
「ちょっと前から、女のコの間でアデルちゃんと先生が噂になってるのは、小耳に挟んでた。教えといたほうがいいと思ってたんだが、そういう時に限って会わないもんだよな」
機会のないまま今日になったと、ジェラールが残念そうにする。
そんなことになっていたとアデルが気づかなかったのは、友達がいないせい。孤立しているから。
「お礼を言うべきですね、私」
別方向に話が大きくなったような気がするけれど、オデットの参入とカペルくんの初々しい色気でよく分からないながら大団円ムードで終わったお昼休みだった。
「礼なんていらねえよ、俺が勝手にしたことだ。アデルちゃんには恩がある、どっかで返そうと思ってた。卒業まで半年、俺を偽彼氏にして噂が沈静するのを待ったらいいんじゃないか。その後は、気をつけろよ」




