前前前世の恋 私がコリンヌだった時・5
「――で?」
「騒ぎに紛れるよう礼拝所近くの物置に火をつけておいた。そろそろ住民が騒ぐ頃じゃないか」
ファビアンがなんと返したのか聞き取れないのは、コリンヌが混乱しているせいかもしれない。浮わついていた気分は急激に落ちている。
「俺が仕事してる間に、お楽しみかよ。俺も顔がよけりゃあな」
含み笑いに、ファビアンは無言。
「まだ娘はいるんだろ? 俺にもやらせてくれよ、すぐに済ませるから」
まさか。壁についた手は強張り、背筋に嫌な汗が伝う。
「黙れ。長居は無用だ、さっさと引き上げる」
聞いたことのないファビアンの不機嫌な声。
「はいはい、っと。あんたは?」
「片付けたら合流する」
「片付ける」何を。「何」じゃなくて「誰」――私。
ファビアンの顔を見知っているのは限られる。そのうちで今夜村にいるのは、私だけ。一気に肌が粟立った。
激しい鐘の音が突然耳に飛び込む。今まで聞いたことのない狂ったような響きに息苦しさを覚えて、コリンヌは思わず目を閉じた。
「火をつけた」と話していたから、火事を告げる鐘の音だ。つまり今の話は冗談ではなく事実。
礼拝所から持ち出したのなら、お珠様だ。
今日は村長もいなければ門番の父もいない、村でお役を務める大人の男は街へ行って留守。盗みを働くにはうってつけの夜だ。
そして、馬鹿な娘が男に騙され浮かれて家に招いた結果がこれ。
コリンヌは自分で自分の肩を抱いた。
痛むのが心なのか体なのかも、分からない。膝からくずおれそうになるのをかろうじて止めるのは「自分のしたことでしょう、コリンヌ」と自嘲する気持ちだ。
今の今まで愛されていると錯覚していた。先の約束がなくても、ファビアンならいいと思った。
彼が与えてくれるなら痛みさえ記憶に刻みたい、とまで思ったのに。
まだ何かの間違いだと信じる気持ちがあるのは、救いがたいほどの馬鹿さだ――愚かで哀れな私。
コリンヌは大きく息を吐き、目を開けた。次いで肩を抱いていた腕をとき、顎を上げる。
遠くで「火事だ」と叫ぶ声を聞きながら階段の途中まで行くと、ファビアンの背中が見えた。
先ほどと同じ腰にシャツを雑にまとっただけの姿だ。
「ファビアン」
ゆっくり、とてもゆっくりと愛しい彼が振り返る。時間をかけているのは、盗み聞きされていたかどうか考えているから。
考えなくてもいい、教えてあげる。
「今の誰? 何をしたの? ファビアン。私を騙したのね」