前前前世の恋 私がコリンヌだった時・4
ファビアンが注意深い目つきになる。
「今のは?」
「家鳴りよ。古い物が多いからいつもいろんな音がしてるわ。気にしてたらきりがない」
建て付けは悪いし、棚も斜めで勝手に物が転がり落ちることだってある。コリンヌが説明しても、ファビアンは納得しない。
「コリンヌはここにいて。ちょっと見てくる」
「いいのに」
ファビアンは優しくコリンヌの身体をよけると、ベッドをおりた。
そのまま行くから、きゅっと締まったお尻が丸見え。
「ちょっとやめて、ファビアン。誰もいなくてもお尻くらい隠して」
自分のものとは思えないほど甘ったるい声が出た。脱ぎ捨てられていたシャツを投げると、ちょうどふり返ったファビアンが片手でキャッチする。
ゆるっと腰に巻き付けて股間を隠し「これでいいかな? お姫様」とおどける。
「完璧よ、お殿様」
ファビアンはにやりと笑って階段を降りて行った。
「ああ、おかしい」
コリンヌは目尻の涙を拭いながら笑った。痛かったけど幸せだった。後悔なんてひとつもない。
おばさん連中が「やらずの後悔よりやって後悔のほうがマシ」と言っていたけれど、コリンヌに後悔はない。
ふと、掛布をめくってみた。シーツが汚れている。
「血は乾くと落ちにくいのよね」
ファビアンは朝までここにいるだろう。寝るなら清潔なシーツがいい――また汚れるにしても。
とりあえず水を張った盥につけておいて、別のシーツに変えよう。
裸で数歩いって「やだ、私ったらファビアンと同じことしてる」と、体を拭く為の麻布を胸の上で落ちないように巻き付けた。
顔を上げた位置に、ひびの入った鏡がある。頬が上気し目元がふわっとしただらしのない女の顔がそこにあった。
男と寝たばかりの女は顔つきで分かると豪語していたオヤジを軽蔑していたけれど、たぶん本当のことだ。コリンヌにも見分け方が分かった気がする。
埃を立てないようそっと動くコリンヌの耳に話し声が聞こえた。
「手に入れたか」
これはファビアンの声だ。
「はい」
誰?
「よこせ。けが人は?」
またファビアン。
「こっちにはいない」
「こっちには?」
「案内させた男が最後になって抵抗したんで、仕方なく。命に別状はない」
ファビアンの他に、男の声がひとり分。コリンヌの胸に濃い嫌な色の雲が広がってゆく。
何を話しているの、どうしてうちに私達以外の人がいるの? 命に別状って穏やかじゃない。
階段の下が、深くて暗い穴のように思え、指先から冷えていくのを感じた。