ジェラール先輩のお誘いは事件・3
「ジェラール先輩、確認ですが目的はデートの下見でしたよね。――お仕事ではなく」
「ああ」
「よかった、聞き違えたかと思いました。もうひとつ、私達が『まだかな、もういるかな? 』と見に来たのは、夕方にぼんやりと光る虫でしたよね、小さな」
ふたりとも前方から目を離さないのは、逸らせないというのが正しいのかもしれない。
「アデルちゃんは肝が太い。この状況で平気とは」
「平気……平気の意味が一時的に分らなくなっています。今、私の見ている虫はムカデで間違いないでしょうか」
「似たようなヤツは色々といるが、これはムカデだな――巨大な」
そう、のんびりと歩いて水辺まで来て今、私達が近距離で対峙しているのは、赤い頭の大きなムカデだった。
怖さのあまり目測を誤っているかもしれない。アデルは小声で質問を重ねた。
「オデットくらい、でしょうか」
「いやいや、どう見ても俺より大きいサイズだろうよ」
――やはり大きかった。
この状況で、どうやったら過小に見積もれるんだ。とジェラールが呆れる。
「先輩、戻りましょう」
「ムカデは目はよくないが、動くものには瞬時に対応する。ヤツは俺達に気がついた。獲物と認識してるかもしれん。そろそろ子育ての時期で、腹を空かしてるんだ」
アデルを背にかばう態勢で、ムダに怯えさせまいとして軽い口調で教えてくれても、背中にみなぎる緊張感は隠せない。
デートの下見だから当然だろうけれど、ぱっと見、ジェラールが害虫駆除の商売道具を身につけている感じはしない。
剣を持っていたら多少はなんとかなったか。いや、ムカデは鋏で切っても動く、下手に切ると毒液が出る。アデルの頭に昔の知識がよみがえった。
この大きさでは、剣で切れたとしてもふたつになってから暴れられたら、惨事になることは明らか。ムカデ退治に効果があるのは何だったか。
最速で頭を働かせて閃いた。火、火だ。
「アデルちゃん、怖い思いをさせてすまない。そのまま静かにゆっくりと後退りしてくれないか。俺は後から行くから」
「……先輩が戻らなかった時は?」
自分は残り、私だけを退避させようとしてくれている。お気持ちは嬉しいけれど、お姉さん気質のアデルとしては「はい、わかりました」とは言えない。
冷静で助かる、ジェラールがつぶやいた。
「ウチまで行って、親父か兄貴を連れてきてくれるか。住所は馭者が知ってる」
ムカデが微動だにしなくても、死んでいるなんて都合のいい期待はよしたほうがいい。詰めてきたら一瞬のこと、圧倒的にあっちが優位に立っている。
どうする? アデル。
アデルの人生では、男の為に命を張らないと決めた。しかもジェラール先輩は恋をした相手でもなく、友人というより知人の域。
そして、ゆっくり悩む間はない。




