ジェラール先輩のお誘いは事件・2
ジェラール先輩にお礼をするなら、手持ちのお金では足りない。
アデルはすぐ近くにいた馭者のおじさんに「少しお金を貸して」と頼み、オデットが来たら連れて帰ってくれるようお願いした。
年配の馭者は長年の下宿人で、使用人というより「うちを手伝ってくれる人」だ。
「アデル嬢ちゃんも、たまにはお友達と出掛けたらいいんですよ。後は任せて」
親切に言ってくれる。
「貴族は、使用人との立場の違いをはっきりさせてる家が多いのに」
「うちは名ばかり貴族、実体はほぼ庶民で。おじさんも、もとは別の仕事をしていた下宿人なんです。段々と手伝いをお願いするようになって、今はうち専属であれこれと」
使用人っぽくないと感じたらしいジェラールが、合点のいった顔になる。
「じゃ、行こうか」
ジェラールは手慣れた様子で、アデルを先に馬車へと乗せた。
ジェラールのお誘いは「デートの下見」だった。気温が高くなると自然公園の一角にある水辺で、光る虫が見られるらしい。
「今年もそろそろかと思って」
毎年、先にひとりで来て状況を確認すると言うので、アデルは驚いた。なるほど女の子にモテるためには周到な準備をする必要があるのだ。
「そんなに綺麗なんですか」
「いや、明るさはたぶんアデルちゃんの思う半分以下。うすぼんやり」
え。
「何度もデートしてると学校帰りに行くとこも同じになるだろ? 食事までの時間つぶしにちょうどいい。夕方は甘えたくなるから向こうから手を繋いできたりするし。でもほんと、女の子は『季節限定』が好きだよな」
口の端を少しあげた自信たっぷりのお説を、そういうものですかと拝聴する。
過去の田舎暮らしの経験があるから――名前はアデルじゃない――、夕暮れに感傷的になるという感覚はない。
今日も日が暮れた、その程度。
自然公園は人もまばらだった。
「まだ時期が早かったかもな」
日がすっかり落ちてしまう前に戻るつもりだから、ランタンは持っていかない。
「例年、この辺りなんだが」
「わ」
一歩前を歩くジェラールがいきなり立ち止まったので、アデルはその背中に思いきりぶつかってしまった。
「すみません」
鼻を押さえて謝っても、返事はない。ジェラールは一点を凝視して、動きを止めている。
なんだか不自然。視線の先を追ってアデルもまた固まった。