ジェラール先輩のお誘いは事件・1
学校の敷地内にある馬車の待機所でジェラールと一緒になるのは珍しい。学年が違うので、見かけることも少ないのだが。
「よう、アデルちゃん、ひとり?」
「オデットを待っているところです」
週末にカペル邸で開かれるお茶会に無理を言って招待してもらった。でもお宅の場所がわからない。地図が欲しいとなり、今オデットが書いてもらっているところだ。
「体調は?」
ジェラールの言うのは、十日ほど前、魔力の急激な減少による疲労でふらついたアデルに保健室まで同行してくれた日のこと。
後からマルセルには「とっさに対応しきれず、ごめん」と謝られた。
オデットは珍しくしょんぼりしていたから「限界が分かったから、かえって良かったの。オデットが一番になって、この上なく誇らしいわ」と、いつになく誉めてあげた。
それだけで、ぱああっと笑顔になり元気を取り戻す妹の単純さは、時として有り難い。
「おかげさまで、寝たらすっかり回復しました。お礼も言わないままで、すみません」
わざわざお礼を言いに教室まで訪ねては、目立つ。会った時に言おうと思っていたもののなかなか機会がなく、今に至る。
「無理すんじゃねえぞ。一年生は暑くなる頃、疲れが出るんだよ」
通学に慣れた頃合いで試験がある、納得だ。
アデルとジェラールの組み合わせが珍しいのだろう、立ち話をしているこちらを横目に見ながら皆通り過ぎていく。
「先輩は馬車通学ですか」
「いや、普段は走って帰ってる。今日はちょい寄る所があって」
――走って。思いがけない返事に、相づちが見つからない。距離はどれくらいだろう。
通学鞄を持ち直したジェラールが、ふと思いついたという表情になる。
「このあと暇? アデルちゃん」
「帰るだけですが」
「この間、お礼をするって言ってたよな。今日どう?」
「これからですか」
「そう。暗くなる前に送る」
たしかに「なにかでお返しを」と、保健室で言った。でもその時は「気にすんな」って言ったくせに。
などとお手数をおかけした身では言えない。
そこに来てる馬車で行こう、と顎で示す先にあったのは馭者の他にふたり乗ることのできる真新しい洒落た馬車。お天気のよい日に幌をかけずに走れば注目を浴びること間違いなし。
「ジェラール先輩のおうちは、お金持ちですか」
アデルの率直な問いかけに、ジェラールが吹き出すように笑う。
「オデットちゃんか。これは自家用じゃない、時間貸しの馬車ってのがあるんだよ」
なにをどうお返しできるか不明ながら、とりあえずお誘いを受けることにした。