ジェラール・ルグラン先輩・2
このヒトはなんでここにいるんだ、お姉ちゃまと私の邪魔をしないで。
無言で訴えるオデットが不満たっぷりであると気が付かないはずはないのに、手近な椅子を手繰り寄せて、どかっと座るルグラン先輩はある意味さすがだ。
「アデルちゃんは伯爵令嬢だったんだな」
どこで知識を仕入れたのか。
「一応」
「『一応』ってなんだよ」
軽く笑うジェラールを瞬きもせずに見つめるオデットのおでこを軽くトンとして「人様のお顔をジロジロみてはいけません」と教える。
「領地のない伯爵家ですので」
隠すことでもないので正直に答えた。贅沢はできないが、過去の人生を思えばアデルは破格に恵まれていると言える。
「親の仕事は?」
「働きに出てはいません。下宿を営んでいます。十人ほどに部屋を貸しています」
「それなら食っていけるな」
比較的お金に余裕のある人が住む地域に家が建っているおかげで、払いのよい下宿人が長く住んでくれる。母と住み込みのメイドが下宿人の分まで食事やお茶の支度をし、暇な父が世間話に興じる。趣味の延長のようなものだ。
アデルが油断した隙に、オデットがむくっと頭をもたげた。
「ジェラール君の親は、なにで食っているのですか」
あまりの言いようにジェラールが目を見張る。
アデルは思わず仰け反りそうになりながらオデットに頼んだ。
「せめて『先輩のおうちは、何をなさっているのですか』くらいにして。しばらくお口は閉じてなさい」
「オデットちゃんは、飛び級だったっけか」
ジェラールが「言葉遣いがなっていない」と言いたいのは、よく分かる。初めて聞く言葉、特に初対面の相手との会話ではちぐはぐになってしまう妹が、アデルの目下の悩みである。
「違います。私が一年遅れで入学したので、妹と同じ学年になっただけです。オデットの失礼な言動については、お詫び申し上げます。そのうえで厚かましいのですが、大目に見てくださると助かります」
一朝一夕に「普通」が身につくなら、とっくにできるようになっている。難しいから苦労している。
「立派なお姉ちゃんがいるから、オデットちゃんが無邪気なんだろ。ま、俺は女のコのすることはなんだって許せるから、気にすることはないよ」
にっと笑う表情からは、天性の女好きが見て取れた――と思う。