ジェラール・ルグラン先輩・1
口止めの為に残ったのなら……
「アデル・ブラッスールです」
自分から名乗った。
三年男子は一瞬意外そうにして、すぐに頬を緩めた。
「聞かない先から女のコが名前を教えてくれるなんて、珍しいこともあるもんだ。俺はジェラール・ルグラン」
「聞かれて名乗り、可愛い名前だとお世辞を言われる。その流れによい思い出がないので、聞かれそうな時には先に名乗ることにしています」
よほどきちんとした場でなければ、マナーは無視している。
「ここで、どなたにもお会いしませんでした。では私はお先に」
暗に口止めは不要だと伝えてアデルが失礼しようとすると、行く手を遮るように移動する。
まだ私になんぞご用がありますか。上目遣いに様子を窺えば、ジェラールも特別話すことはなさそうな顔つきをしている。
「女の子は、みんな誰と誰ができてるって話が好きだと思ってたが?」
「私に限れば、人の恋路に興味はありません」
そもそも自分の恋路にも興味はない。アデルは体がぶつかるのも構わず、ジェラールの隣をすり抜けて退室した。
「よう、アデルちゃん。その膝にのせてる可愛い子ちゃんは?」
ジェラール・ルグラン先輩は、とても馴れ馴れしい――ではなく気さくな方らしい。二度目ましてなのに、勝手にアデルちゃん呼びだ。
女子の顔と名前を記憶すると、どこにいても発見可能という特異な能力をお持ちなのかもしれない。空き教室にひょいと顔を覗かせた。
昼休み、長椅子に座ったアデルの膝に頭を乗せて甘えていたオデットが、突然現れたジェラールに対し露骨に迷惑そうな顔をする。
「お姉ちゃま、変な男の人です。排除しますか」
「やめなさい、オデット。『排除』は人に使っていい言葉じゃないの。ご本人を前にして『変な』と言うのもやめなさい。こちらの方はジェラール・ルグラン先輩」
額をコツリとして教える。変な男の人には気をつけるようにと常々言い聞かせているけれど、その『変』はジェラール先輩とはまた違うとは、どう教えればいいものか。
「だいたい、あなたのお行儀もなっていないのに、人の事は言えません。オデットも充分にヘンよ」
「お姉ちゃま、かわいい妹に意地悪」
オデットの口が不満げに開くのを可笑しそうに眺めていたジェラールが「妹?」と、アデルとオデットを見比べ納得する。
「そういや、目がそっくりか」
「今日はおひとりですか?」
深い意図はなかったのに嫌味に聞こえたらしく、ジェラールが首すじに手をやった。
「言ってくれるねぇ。俺だって、いつも女のコといちゃいちゃしてるわけじゃない」
その言い方では、皆から「あの人はいつも女の子といちゃいちゃしている」と認識されているように聞こえる。――実際しているんだろう、きっと。