秘匿すべきはオデット
廊下までオデットの声が聞こえる。
「カチカチ先輩。もっかい、も一回です!」
「何度でもかまわないけど、飽きないか?」
「ぜんっぜん。ずっとして欲しいです!」
嬉しさに弾んだ声。ねだっているのが、ジェラール先輩のお体に障るようなことじゃないといいけれど。
「入ります」
扉を軽く叩いてアデルが入室すると、上に放られた指人形がジェラールの手元に戻ってくるところだった。
パシッと小気味よい音がして「ふひゃひゃ」とオデットが笑う。
この超高い高いは、初体験であり小さなお人形でなければ体験できない遊び。オデットが夢中になるのも無理はないと合点がいく。
「お姉ちゃまっ、お姉ちゃま。オデットを放っておきっぱなしは、よくないです!」
シンプルな目鼻なのに膨らむ頬が見えるようだ。
「ごめん。でも楽しく遊んでいたみたいじゃない。 先輩を困らせたりしていない?」
「ないです」
オデットはそう答えるに決まっている。聞くならジェラール先輩だったと、アデルは遊び相手をしてくれた謝意を眼差しに込めた。
「寝台から出るなと言われて、することもない。オデットちゃんがいてくれて、俺こそ助かってる」
全身筋肉痛だろうに、ジェラールは朗らかに言った。
「お姉ちゃまのとこ、お姉ちゃまのとこへ行きます」
「ほい」
ジェラールがふわりと投げたオデットを、アデルは危なげなく受けた。ついでにナデナデと撫でくりまわす。
「お手々と足が欲しい……」
「しばらくは我慢ね」
ありあわせの物で作ることも考えたけれど、左右の長さが揃う気がしないので止めた。なのでオデットはまだ歩けない。
「それにしても、オデットちゃんがこの大きさにならなきゃ『お人形です』と言われても俺は信じなかったろうな」
オデットが余計なことを言いそうな気配がするので、先に握りつぶしてから、そうでしょうねと同意する。
マルセルの研究の粋を集めたのがオデットだ。動力源がアデルの魔力なので、発表はできない。
以前に、申し訳ない気持ちを伝えるとマルセルは首を横に振った。
「いち研究者として取り組みがいのあるテーマを見つけられたことは、喜びだよ。求める結果も得られた。でも『お人形を魔力で動かす』のはとても微妙でね」
理解の及ばないアデルに説明してくれた。
「『お人形の兵隊さんを、持ち主のお嬢さんが好きに動かす』それが現実に可能となれば、好戦的な人々は大喜びするだろう」
ゾッとする話だ。アデルの感情を敏感に察知したオデットが、釘を刺す。
「カチカチ先輩、内緒にしないといけません。女の子の秘密です!」
「分かってる。俺から漏れることはねえよ」
魔力量が減った今、お人形に流すことは必須ではない。オデットを動かす技術こそが隠すべきものとなった。




