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前前世 羊飼いと門番の娘・2

 聞きながらアデルは思い出していた。

夜に会いたいと言われて一夜を共にした。そして――



「うちを通路がわりにしたでしょう。お仲間が来てた」


 コゼットから繋がる流れを聞いた今は「騙された」とは思わないけれど、あの時は頭に血が上った。


 閉めた門を夜に開ければ村に音が響く。それを避けるためには家の中を通る必要がある。


 だから私に甘い言葉を囁いて騙し、仲間を待つ間の時間潰しがてら抱いた。コリンヌが決めつけたのは短絡的だったけれど、ファビアンだって誤解させるような真似をした。



「私を殺すつもりだった?」


 率直に尋ねると、カペルがごくりと喉を鳴らした。ややおいて声を絞り出す。


「違う、断じて違う。説得して一緒に来てもらえればいい。それがダメなら君が被害者だと村人に分かるよう手足を拘束して、室内を荒らすつもりだった。だけど、だけどコリンヌはまったく話を聞いてくれなくて『会わなければよかった』と言って……」


カペルが唇を震わせる。



 私そんなこと言った? ――言いました。

聞く耳を持たず『私の死に様を見ろ』くらいのことを吠えて、首を掻き切ったのだった。浅い傷で痛みが長引くのが嫌だと思ったのと、力加減がよく分からなかったのとで、それはもう思い切りよくざっくりと。


 痛かったかどうかも覚えていない。その後の人生、アデルが刃物に過剰反応を起こすようにならなくて良かったと思う。むしろ好き。



 カペルに凝視されて、無意識のうちに首をさすっていたことにアデルは気がついた。空咳などしてさり気なく手を下ろす。


 どうやら私ではなく彼の心に深い傷を負わせてしまったらしい。

なるほど私が自分に剣を向けることをカペル君が嫌がるわけだ、と納得する。



「ちゃんとお話を聞くべきだった。逆上してごめんなさい」

 

コリンヌの代わりにアデルが謝る。


「ありとあらゆるものに誓える。本当にコリンヌを殺めるつもりなんてなかった。なのに、あんな――あんな」


 後が続かない。カペル君が思い出しているのが、目を吊り上げ口を思いきり歪め髪を振り乱したコリンヌの姿だとしたら、悪夢のようだ。彼にとっても、私アデルにとっても。



「とりあえず、冷めてしまったお茶でもどう?」


優しげな表情を作り「ひと息いれよう」とお茶を勧めてみる。


 「地獄へ落ちろ」と言わなくて良かった。最悪な振る舞いにダメ押しをするところでした。



気まずい思いで口を潤していると。


「コリンヌ、覚えていないかもしれないけれど。最期になにか言おうとしていたよね」


 同じことを考えていたようだ。これ以上彼の傷を抉るのは避けたい。ここは慎重にいくべき。


「言ったかどうか確かじゃないけど『早く逃げて』と思ってた。ファビアンもなにか言ってなかった?」


 もう「死んでくれ」でないと分かっている。カペルは遠い目をした。


「『許されるのなら、また君に会いたい』」



 彼はお珠様を持っていた。それで農家の主婦シャンタルへと続くわけだ。


 

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