前前前世 若い神官と床磨きの少女・2
騒ぎを知ってレイノーが駆けつけた時には、コゼットが肌着一枚にされていた。
これが神職のすることなのかと、言葉も出ないほど驚き失望した。
盗まれたとなれば一番貧しい者が疑われる。考えなくてもわかることだ。
見て分かるほどに震えている彼女が痛々しい。
そしてその原因は自分にある。助ける方法を必死に考えるレイノーの耳に「自白剤」という言葉が飛び込んだ。
自白剤とは言いよう。正しい告白を促すものではなく、酩酊状態にしてこちらの言いなりにする類のものだ。
しかも、効かないと思えば増量するに決まっている。あんな細い体で耐えられるはずがない。
自白しようにも彼女は無実だ。
このままでは彼女は壊されてしまう……自分のせいで。
レイノーは尋問を任せて欲しいと申し出た。
隙を見て連れて逃げられれば。それが無理なら無実を証明したい。知らないと彼女が主張し続け、思いがけない場所から宝珠が見つかればいい。
レイノーが尋問を任される流れになったところで、絶望した彼女が窓の外へ身を投げだした。
「宝珠を盗んだのはレイノー様だったのね」
まさかの真相にアデルの声は裏返る。カペルが沈痛な表情で認める。いえ、もう昔のことなので責めるつもりは毛ほどもない。
それより、湧いてくる疑問に答えて欲しいと身を乗り出す。
「それで、あの後はどうなったの」
コゼットが飛び降りるとは誰ひとり思っていなかった。
あまりのことに蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
そのなかレイノーは心身を削ることで宝珠の力を引き出した。膨大な力を一気に引き出すのには犠牲が伴うけれど、迷いは一切ない。失われた魂がこの世に再び産まれる事だけを願った。
コゼットの体や荷物から宝珠は見つからず身の潔白は証明されたが、この一件は誰にとっても後ろめたい出来事となった。
その後、レイノーは志願して極寒の地にある神殿へと赴き、長くはない生涯を終えた。
そんなこと、しなくていいのに。あまりの結末にアデルは愕然とした。
「ごめんなさい、飛び降りなければよかったわ。盗みを疑われて絶望したんじゃないの。自白剤を使われて、レイノー様に好意を寄せていることが皆に知れたら、困らせてしまうと思って、自分で自分の口を封じたのよ」
お立場が悪くなって極寒の地へやられたら申し訳ないと思って飛び降りたのに、結果が同じなら死ななくてもよかった。
短絡的な思考が恥ずかしい。思いきりが良すぎるのも考えものだ。
「好意? まさか」
カペルの目がこの上なく見開かれる。
「驚くこと? 誰からも構われないなか親切にしてもらったら、慕うに決まってるわ」
こうなっては仕方がない。アデルは開き直った。
「この話は止めましょうか。だいたいコゼットは語るほどもない人生よ。床と桶と雑巾がお友達だったから」
コリンヌも早とちりをしていたのだったらどうしよう、という考えが頭をよぎる。勘違いで突っ走ったのではないことを信じたい。




