前前前世 若い神官と床磨きの少女・1
レイノーが神官になった理由、それは貴族の端くれのさらに分家の三男だったから。
嫡男以外は医者や公証人のような多少地位のある職に就くか神に仕える身になるのが良いとされた。
才がなく実家で肩身の狭い思いをしながら兄に食べさせてもらう、という者が多いのが実情だが。
仕方なく選んだ神職ではあったが、まあうまくやれていたと思う。
そこに本家筋から「宝珠を入手してくれないか」と持ちかけられた。
引き受けるなら多額の寄進をしてそれなりの地位に引き上げると約束された。下級神官では神殿の中枢に近付くことはできないからだ。
清廉な人々の集まりだと思ってなどいなかったが、下級神官の身で見る宗教界は幻滅するものだった。
地位が上がれば見なくて済むものがあるはず。
もとより本家から持ち込まれた話を断ることは難しい、レイノーはその話を受けた。
宝珠を探すなか、香炉をひっくり返したことがある。
密かに行動していたのに、しくじった。床を汚す灰を片付ける道具も時間もないと焦るなか、どこからともなく現れたのが目立たない女中だった。
遠慮がちに目を伏せたまま手際よく掃除すると、なにを尋ねるでもなく立ち去った。それがコゼットと名乗った少女との出会い。
神官と同じく女中にも階級はある。痩せてみすぼらしく、いつも床掃除をしているコゼットは最下級だ。満足に食べ物をもらっているとも思えない。
信者に寄せられた菓子をひとつ衣に忍ばせて、彼女と行き合った際に渡すと、最初は戸惑っていたものの回を重ねるうちに小さな笑みを返してくれるようになった。
宝珠を盗み出す見返りはさらなる寄進。それで自らの地位をあげれば、自分専用の女中をつけることができる。そうなればコゼットを指名しようと思っていた。
苦労して見つけた宝珠は、箱また箱と幾重にも箱に入れられていた。
初めて見たのに「これが宝珠だ」と確信させるものがあった。
中を見る者はないはず。だから盗んでもすぐには気付かれないと考えていた。
――誤算は依頼主が他の神官にも同じ話を持ち掛けていたこと。
「宝珠がない」と騒ぎになったのは、盗んで一月も経たないうちで、宝珠はレイノーの首から下げた小袋の内にあった。




