アデルさん、前世の話をしよう
初めて会った時は神職に就いていた。そうカペルが口にすると。
「え? 『始め』はコリンヌでファビアンでしょ」
かつて下働きのコゼットと呼ばれていた現アデル・ブラッスール伯爵令嬢は、すぐに訂正した。
「違う、コゼットが先。僕が宝珠の力を使った最初だから、記憶は確かだよ」
コゼットからコリンヌ、農家の主婦と繋がる間過去を思い出さなかった彼女と違い僕は覚えている、とかつての神官レイノーであり現在はカペル家の次男フレデリックは、自信を持って言った。
どの場面も宝珠、お珠様、魔法球の力を使って願いを叶えたのは自分だからだ。
「正直あんまり覚えていないの。どの人生も切れぎれに印象に残った場面があるという感じで」
申し訳なさそうに口にするけれど、延々と続く床掃除や水仕事の過酷さなど記憶に留めない方が幸せに思える。
世の中に必要な仕事で、誰かがやらねばならないもの。でも大切な人にさせたいかと問われれば、当然「否」だ。
話したいことは山ほどあっても、さすがに今日はお互い疲れ切っている。明日以降にしようとなった別れ際、彼女の呼び名に迷う。
「おやすみなさい、カペル君」
微笑を受けて
「おやすみなさい、アデルさん」
カペルも微笑みを返した。
ジェラール・ルグラン先輩は筋肉痛と強度の打撲による膝の炎症で、医師に一週間の安静を言い渡された。
「感じでは、それより早く動けそうだけどな。どっちにしろ俺は後から帰る。先に戻ってくれていいぜ」
そう言われても恩人を残して戻るわけにはいかない。ブラッスール家とルグラン家に使者を送り帰宅予定日を伝えた上で、皆揃って帰ることにした。
精霊火吹きオオトカゲと一戦交えた翌日、カペルはひとり住処を訪ねて昨日の非礼を詫び、今後は友好的な関係を結びたいと伝えた。
人語は話さないものの、大部分が理解されている感じを受ける。
「帰郷する毎にお訪ねします」に、きょろりと目玉を動かしたのは「そうして」と解釈した。
足でずりっと押し出されたのは、歪んだ火ばさみ。お返しくださるらしい。ありがたく受け取りながら、次に会う時には、気の利いた手土産など持参しようと思った。
「お帰りなさい、精霊様の様子は?」
「和やかだったよ、心配ないと思う」
戻ったカペルを玄関ホールまで迎えに出たアデルは、目に見えてほっとした顔をした。
「先輩とオデットさんは?」
「ジェラール先輩は微熱があって、今は眠っているの。オデットも寝るというから隣に置いてきたわ」
「しばらく時間がある?」
「うん」
「なら、話そうか。お茶でも飲みながら」
カペルが努めて軽い調子で誘うと、アデルが頷いた。




