私達だけの負けられない戦い・5
アデルいる場所まで来たカペルは、全身砂まみれだった。髪もよれて、いつもの貴公子然としたところはまるでない。
「はい、塩と水」
「塩?」
革袋に入れた水と砕いた岩塩を不可解な面持ちで受け取るカペルに、説明する。
「一時的に魔力量が増えるから。後で反動はくるけど、今はそんなの気にしてられないでしょう」
カペルの破れた袖は血に塗れ、革手袋の指先まで色を変えている。
水を飲む為に顎をあげただけで辛そうにしているのは、何か所も打撲を負っているせい。
腕を縛って止血すると、時間の経過と共に感覚が鈍くなる。剣を使う身としては難しい選択だ。
「どうして来たんですか」
なんとか塩を飲み下したカペルが、苦しげに言う。
「そういうのは後でね。ちゃんと言っていかないから、心配して来たの。ほら、私に背中を向けて」
後ろでは、オデットが素早い動きでオオトカゲの注意を引き、ジェラールが槍の長さを活かして首に傷を与えようと奮闘している。悠長に話している暇はない。
武器に直接魔力を流せないので、カペルの背中に手のひらをあてて魔力を剣にまとわせる。
これで炎にも耐えられるだろうが、オデットのように「防火盾」にできるかどうかは不明。なにしろオデットは特殊なので。
「ルグラン先輩には抱きついていたのに」
ボソリと言われて、あの状況でよくよそ見ができたものだと驚く。
それはそうと。
「あれは動物じゃなくて精霊だって、本当?」
「火を吐かれて初めて気がつきました」
「どうして、ひとりなの?」
「カペル家の者がひとり犠牲になればいいと分かっているんです。なら、幾人も無駄死にする必要はない」
口元が笑いの形に歪む。
「誰も巻き込むつもりはなかったんです」
あんな手紙を読んでジェラール先輩が駆けつけないはずはない。アデルはそう思う。
そして戦っていた以上、カペル君だって生きようとしている。
「もう遅いわ。次にひとりで何かしたいときは、胸を打つ手紙を残したりしないことをお勧めする」
「オデットちゃん!」
ジェラールの声が響いた。槍を前足で押さえさらに進もうとするオオトカゲの鼻先にオデットが乗り、踏みつけている。ぎょっとする光景に、アデル達は言葉を呑み込んだ。
「どん、どん!」
器用に飛び跳ねているけれど、体重の軽いオデットでは、口で言うほどの効果はないと思う。
「俺のことはいいから!!」
ジェラールはオデットが自分をかばっていると考えたらしいが、アデルの見立ては違う。
あれはしたいことをしているだけ。「弱っちいカチカチ先輩は私が守る!」なんて思っているかもしれない。
「誰も! 死なせない!」
叫ぶやいなや駆け戻るカペルを見送りつつ、アデルはひとり取り残されたような違和感を拭えないでいた。




