伯爵家の美人姉妹・姉はアデル妹はオデット
「オデットさんはかわいいけど、アデルお姉様は……ね」
ふふ、クスクスと笑う声にアデルは足を止めた。
アデル・ブラッスールは十七歳。本来ならば二年生だが「虚弱体質のため」入学が一年遅れ、妹のオデットが同学年別クラスにいるという、珍しいケースとなった。
できれば高等専門学校に通わずに済ませたかった。しかし名門貴族ブラッスール家の娘と生まれたからには、そうもいかない。
有事には生まれ持った魔力を使い領民を守る務めがあるからだ――たとえ現在のブラッスール家が領地を持たない名ばかり貧乏伯爵家で、守るべき民もいないとしても。
予想に違わず、姉妹で同学年であることは奇異の目で見られ、入学早々からアデルには居心地が悪い。
こちらへ来なければいいと思ったのに、廊下の角から三人組が現れた。アデルと同じ赤いリボンをブラウスの襟下に結んでいるから一年生だ。
「あ! お姉ちゃま!!」
そのうちのひとりが高い声を響かせて、頭からアデルに突っ込む。居心地の悪さなど少しも感じていない妹オデット登場。
「そんな尻尾を振らなくても、同じ家から来て同じ家に帰るのよ?」
抱きつくオデットを、よしよししながら言う。
「私にしっぽはありません! お姉ちゃま」
真顔で言いなおも顔をすりつけるオデットは、アデルより頭ひとつ背が低い。
一年生のうちで最も小柄なうえ童顔でお肌はつるすべ、お人形のように可愛いとすでに評判になっている。
瞳はアデルと同じ紅色でも、シルバーグレーの髪をしているアデルと違い、オデットの髪色は赤みの強い紫。離れていても見つけやすくていい。
「ごきげんよう、お姉様」
「ご機嫌よう、皆様」
教師にするように丁寧に話しかけられるのは「私達はあなたよりひとつ若いんです」と言っているように思えてならない。わざわざ「お姉様」とつけるあたりが特に。
入学して間がないうちから、ブラッスール姉妹は「お姉様」と「オデットさん」だ。
「オデットさん、行きましょう」
「ほら、行ってオデット」
妹と仲良くしてくれるのなら、言いように含みがあるなど大した問題ではない。
オデットは名残り惜しそうに、まだべったりと貼りついている。
「お姉ちゃま、またね。帰りは一緒よ。ちゃんと待っててね」
「当たり前でしょう。馬車は一台しかないんだから」
ほら、行った行った。追い払ってもまだ振り向き振り向きするオデットに手をふってやると、ようやく諦めて去って行く。
静けさを取り戻した廊下で、アデルはやれやれとひと息ついた。