胸騒ぎの夜
筆記試験は四日間あり、残るは一日。ここまではカペル君のおかげで前期よりできた気がする。
「カペル君が試験を受けていない?」
「はいです」
そんなことがあるのかと語気を強めたアデルに、オデットはごく普通に返した。
「お休みは今日だけ?」
「昨日も」
「一昨日は?」
「お休みでした」
試験の初日から欠席していることになる。それは普通じゃない。
試験最終日の明日、オデットにカペル君のご都合を聞かせようとして、アデルは彼の欠席を知ったのだった。
黙ったアデルに、オデットがおどおどとする。
「お姉ちゃま、おこってますか」
「ごめん、ちょっとびっくりしただけ。怒ってないわ」
止めてしまった手を動かし、寝支度を再開する。
「カペル君にご用ですか」
「お勉強を教えてもらったお礼に、家に来てもらおうかと思ったの。カチカチ先輩もお茶の時間をご一緒すればいいかと思って」
邪魔をしないよう枕を持って立たせていたオデットが、元気に告げる。
「お礼ならしました!」
「ん?」
「お姉ちゃまにもらった『オデット姫人形』を貸してあげました」
オデット姫人形とは、あの指人形のことか。それを「あげる」のではなく「貸してあげる」ことの何がお礼になるのか理解できない。
でも、カペル君だって貰っても困るだろうから、貸されるほうがまだいいかもしれない。
「指人形をカペル君にあげたってこと? カペル君が欲しいって言ったの?」
「言ってません。欲しがってもあげません! お姉ちゃまが『カペル君の大切なものをもらった』と言ったので、お返しに私の大切なものを貸してあげました。私が『返して』と言ったらすぐに返してくれる約束です」
笑顔のオデットは、さもよい事をしたかのように満足しているけれど、申し出にカペル君はさぞ困惑したことと思う。
「それで、カペル君はなんて?」
「『こんな大切なものを預けてくれてありがとう』って」
――他に言いようがない。
いけないことをしたのかと、オデットが上目遣いに顔色をうかがう。
指人形のやりとりに腹が立つはずもないが、なんだか胸騒ぎがする。
「明日は来るといいわね、カペル君」
言いながらオデットをベッドに呼び髪に頬を寄せると、枕を持ったまま抱きついてくる。
「はいです。カペル君は大丈夫です、お姉ちゃま」
根拠のないオデットの返事が心強い。今日はこのまま眠ってしまおうとアデルはランタンの灯りを消した。




