運命に抗う者の決意
侍従長の顔つきを見て、いい話ではないと感じたフレデリック・カペルは、心がまえをして父の部屋に入った。
退出するまで表情は変えなかったと自分では思うが、顔色までコントロールできていたかは不明だ。
「ご当主は、なんと」
廊下で待機し心配を隠さずに尋ねる侍従長に無言で頷くと、フレデリックは自室へと引き上げた。
ひとりになり、父との会話を思い出す。
例の村で「獣」に襲われて死傷者が出たと、村長から領地の管理人を通して知らせが来た。
夕暮れ時に背後から襲われたとあって、誰も獣の姿をはっきりとは見ていないと言う。
フレデリックはオオトカゲだと確信した。過去の記録を読んだ限り姿を現すのは春先だったのに、この冬とは。根拠もなく、まだ何年も先のことだと思っていた。
「すぐに駆除に向かいますか」
「準備もあるだろう、任せる。行くのが遅れたところで、被害が広がるだけだ。村人も多少の自衛はしているだろう」
父は領主らしく重々しい声を出した。
「お前が行かねば人的被害が大きくなるが、いいのか?」と、暗に早々の出立を促しているのか。
「すぐに後期試験です。欠席すると首位は取れませんが」
よろしいのですかと父の顔を見て、瞬時に理解した。
「生きて返らないのに、その成績になんの意味がある」そう言いたいのだと。
オオトカゲに食われる為に生かされてきたとは、思わない。ちょうどあたらずに生き延びた次男だっている。
フレデリックは自室の壁に掛けた剣を見つめた。
無抵抗でいるようにとは、言われていない。生きたければ勝てばいい話で、今までカペル家の数代が続けて負けただけのこと。
乾ききった口に水を流し込むと、乱暴な扱いに水が零れて服を濡らした。
おそらく、いや、間違いなく過去の「カペル」より自分が強い。未知の獣相手に、どこまで戦えるかは全く見当もつかないけれど、逃げ道はない。
「フレデリック様」
扉の向こうから、侍従長が呼びかけた。
「できる限り急ぎましても、支度には三日ほどかかります。ご当主にもお伝えいたしました」
猶予は三日。父との交渉で侍従長が手に入れてくれたものだ。
「ありがとう」
「微力を恥じます」
礼を口にして扉を開けると、侍従長は苦さのうちに安堵を滲ませた。もっと取り乱していると思ったのかもしれない。
「必要なものは、私が揃えます。何なりとお申し付けください。フレデリック様におかれましては、なさりたいことを、ぜひ」
ここにも心強い味方がいた。
「本試験を欠席するから、追試では満点を取らないと進級できない。明日明後日は普通に学校に行くよ」
侍従長の泣き笑いのような微笑を前に、フレデリックもまた微笑した。




