前世 私がシャンタルだった時・3
最後は転げるように駆けて家に飛び込んだ。やはり夫の姿はない。
あの人のことを嫌いではないと思っていたけれど、ほかに選びようがないから考えないようにしていただけで本当は……嫌だったのかもしれない。
気が付かなければ、良かった。
気分を変えたくても、粗末な家のなかには何もない。シャンタルは水差しに手を伸ばした。これまで気にとめなかった欠けやひびが急に目につく。
ぼんやりと眺めていると、水のなかでキラリと光るものがある。夫が持って出かけたとばかり思っていた虹色の玉だった。
水のなかに入れておけば輝きが増すとでも思ったのか。馬鹿馬鹿しい。
手のひらにのせて迷う。これが家に来てから、ずっと落ち着かない。
どこかへ捨ててしまおうか、それとも持って逃げる? 夫が追ってきて見つかればきっと怒鳴り、場合によっては殴られるかもしれない。
「ここにあったんですね」
戸口でした声に勢いよく振り向くと、畑で会った若者がそこにいた。
日中は明かりとりに扉を開けたままにしているから、今もつい。家までついて来るかもしれないと思えばよかったのに……うかつだった。
「見せてもらえませんか」
農婦につかうには丁寧すぎる物言い。その手には乗らない、騙されない。でも隠す場所もない。
シャンタルは顔を背けると、玉を口に入れた。戸口から、はっと息を呑んだ気配が伝わる。
――早く飲み込んでしまわないと。焦る気持ちと裏腹に喉が勝手に嫌がって、飲み込むまいと狭くなる。
「うっっ」
この玉は私を幸せにしない。だから持ってゆく。もう諦めて、あなた。
シャンタルは唇を歪めて微笑のような形を作った。
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