お姉ちゃまを救え!・3
アデルの目の前で、ジャマンがお茶を淹れる。先にティーカップに口をつけたのは「おかしなものは入っていませんよ」と示すためだろうか。
それでも飲む気にはならない。
「どうぞ」
「今飲んだばかりです。先ほどのご婦人が転ばれたのは、茶店の前だったんです」
「お母様が」とは言わない。考えれば考えるほど、ジャマン先生のお母様ではないように思える。
どこで私を見つけて小芝居をうつことにしたのかまでは分からないが、まんまと引っかかったのは認める。アデルは身につけた短剣を意識した。
使うのは「どうしても」の一度で、今ではない。
下宿人がたくさんおけそうな大きな邸宅に人の気配はなく、案内されたのは奥まった場所にある部屋で、重苦しい感じがする理由は、すぐに思い当たった。
窓がない。位置によって、窓を取れない部屋はどうしてもできる。通常そういった部屋は使用人用とするか物置きに使うものだ。
わざわざ人をもてなす部屋には、しない。
「また、お会いしましたね」
確かに会うのも言葉を交わすのも初めてじゃない。でも、名前も知らない――知っているに決まっているけれど――女の子相手に愛想良く微笑みかけても胡散臭く思われるだけ、と考えないのだろうか。
アデルは曖昧に頷いた。
「学習発表会にも、いらしていた」
「……はい」
それもご存知。でしょうね、と思う。
「お会いする機会がなくて、とても残念でした」
私は全然残念じゃないです。この言い方はオデットっぽい。避けていたのだから、機会なんてなくて当たり前。
「あの、本日のご用向きは」
我慢しきれず、アデルから尋ねた。
膝の上に重ねた指に力が入っていると自覚して、無理にでも脱力を心がける。警戒していると知られたくない。
「ご用向き――見当がついていらっしゃるのでは?」
余裕を見せつけられて、アデルとしては「さて、なんでしょうか」と怪訝な表情を向けたつもりだけれど、思うような顔になっているかどうか。
ゆっくりとお茶の香りを楽しむようにジャマンが目を伏せる。焦れったい間をおいて。
「魔法球ですよ。あなたが持っている魔法球。それを譲っていただきたいという、簡単かつ単純なお願いです」
まったく意外性のない話。でも、こんな閉じ込めるような真似をするとは思わなかった。
アデルの魔法球は譲れるものではない。ここにあると知られたら、どうなるのだろう。
ジャマンの目が細められた。