糸繰り人形とお人形
学習発表会は滞りなく済み、アデルは無事帰宅した。
復路の宿泊地は往路とは別の町で、木工が盛んな地だと聞き、オデットのお土産にと糸繰り人形を買った。
アデルの留守中寝てばかりいたオデットは、もらった糸繰り人形に大喜び。糸のついた操作棒を動かすのに夢中で、人形の動きがヘンテコなのに全く気がつかない。
「ちょっちょっちょ、とっとこと」
オデットの妙な節回しの独り言と人形の動きがおかしい。笑い転げるアデルをマルセルが横目に見る。
「なかなかいいセンスをしてるね、アデルは」
それ、誉めてない。
マルセルは「それはそうと」と真顔になり、
「無事でよかった。ルグラン君が防波堤になったかな」
「やっぱり。マルセルが頼んだのね」
「ジャマンも行っていると知った時には、焦ったよ。出先では不測の事態が起きることだってある。僕が行くわけにもいかないから、苦肉の策だ」
「苦肉」って、大げさな。アデルのぼんやりとした笑みを眺めたマルセルが「なにか気になることはなかった?」と尋ねる。
「特には。一度、荷物に『誰か触ったかな』と感じたことはあったけど、気のせいかもしれないから」
「探したんだろう」
マルセルは即座に断定した。何をと言わなくても通じる、「魔法球」をだ。
「ジャマン先生が絡んでいると思う?」
「でないと、逆に困る」
確かに。これ以上魔法球を欲しがる人が増えては大変だ。相手も分からず警戒するのは難しい。つい、ため息が出た。
「ずっと気をつけ続けるのは、疲れるわ。待つのも苦手」
マルセルが返事をしかけた時、間にオデットがぴょこりと飛び込んだ。
「お姉ちゃま! お話ができました! 『カッコかわいいお姉ちゃま姫の冒険』です」
人形劇を考えたから見てくれと、オデットが強要する。これは「後で」がきかない要求。
「主人公がもうダメな感じがする」
「それはアデル、栄えある一作目の主人公のモデルとされたんだから、栄誉と取らないと」
小声でのやり取りを気にしないオデットが可愛い声を張り上げる。
「お姉ちゃまの妹は、最高にかわいいオデット姫!」
指人形を突き出す。自分で「最高にかわいい」と言い切る臆面のなさがすごい。
「指人形まで買ってきたの?」
「オデットが喜ぶかと思って」
なんだか妹愛の強い姉みたいで恥ずかしい。視線を外したアデルに、マルセルの笑う気配が伝わった。




