前世 私がシャンタルだった時・1
アデル前世の名はシャンタル
覚えていただかなくても差つかえありません
やけに興奮して帰宅した夫は「畑で拾った」と、土のついているガラス玉をシャンタルに見せた。
親指と人差し指でつまめる大きさの、不思議な光り方をする玉だ。
「玉?」
言い方が気に入らなかったらしく、シャンタルの手から乱暴に取り返す。
「価値のあるもんに違いねえ。明日、村の顔役に見せてくる」
高値で売れるかもしれん。にんまりとする夫は、何のために畑に行ったのかを忘れてしまったらしい。
夕食に使う抜き菜を頼んだのに。それがないと野菜が、というよりこの家には食べる物がひとつもない。
「洗ってみるかな」
大事そうに両手で玉を包み水場へ行く夫の背を見ながら、シャンタルはため息を飲み込んで畑へと向かった。
いびきをかく夫の隣でシャンタルはなかなか寝つけなかった。
夫のことは好きでも嫌いでもない。村にいる若者は限られるから、お互い早いうちから「この人と所帯を持つのだろう」と思っていたし、周りもそういう目で見ていた。
予想通りの結婚生活のなかで、今日の夫の様子は異様だった。あまりのはしゃぎように気持ちがシラけた。
それになんだかそわそわと落ち着かない。シャンタルはもう何度目かわからない寝返りをうつ。
あの小さな玉が夫と自分に不和をもたらす気がしてならない。いびきはいつものことなのに今夜はやけに耳につく。早く朝が来ればいいのに。
シャンタルは眠れないとわかっていても目を閉じた。
翌日、夫は畑仕事もせず、村の顔役に会いに出掛けた。
野菜を放っておくわけにもいかない。天秤棒の両端に水桶をぶら下げて、畑まで数え切れないほど往復したのはシャンタルだ。
お昼の支度をする暇すらなかったが、夫は日暮れにしか戻らず、文句を言われることはなかった。
口もきけないほど疲れたシャンタルを相手に、帰宅した夫が上機嫌で語る。
「俺にも運が向いてきた。顔役が『これは古いもんで好事家が欲しがる。もっとあるかもしれないから探してみろ』って言うんだ。明日は日の出から忙しくなるぞ」
そんなことより畑仕事。思っても、口論する元気のないシャンタルは聞き流すだけだ。
「金が入ったら、お前にもいい服を着せてやる」
思いついたかのように言い足す。
もらってもないうちから礼は言いたくない。シャンタルが黙っていると夫は目に見えて機嫌を損ねた。
「明日も早いから寝る」
シャンタルはそれにも言葉を返さなかった。