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07

 



 物語りってのは、段階のある出来事を人に伝え話す物であって、一分一秒全てを語ることはない。大人が子供に思い出話を聞かせるときに毎度の如く自分が生まれた瞬間から話し出す奴はいないだろう。だから、物語っていうのは作品に必要となる最低限の部分だけで構成され、トントン拍子で紡がれる。

 故に、起承転結。


 けれどーーー現実は違う。


 学校に通うのに通勤通学は省略できないし、生まれてから死ぬまでトイレに行かないなんてことも決してあり得ない。人生の大半は語るに足らないことばかりだ。


 大切なことだから言っておくがーーー、

 この物語は俺が異世界の学校に留学し、青春を謳歌するための物語だ。


 しかし、未だにそれは始まろうとしてない。

 俺だってさっさと異世界の学校に通いたいし、魔法だって自由自在に操りたい。だが、願ったところで、このくっっっっっそかったるい宝探しはスキップできない。

 異世界の様子を下見に来ただけなのに遭難スタートって。そこから荷物の整理って。やってらんない。もう、ほんとに、やってらんない!



「はあ〜〜〜。これ、動かねえし!何処持てっての!つーか、どんな箱に入ってるのかだけでも教えてよ。全部探させるつもりかよ!」



 取り出した箱の蓋を開ければ中には書類か、または何かしらの工具とよく分からん部品のどちらか。



「大体、この倉庫何なの?何目的の倉庫なのさ!あ〜〜あ!物が多い!途中まで整頓して積み重なってるのに、何でここのラインから適当に積み始めちゃったの!!バカでしょ!バカ!」

「なんじゃぁ?突然、発狂しおってからに。貴様、もしや李調子かや?」

「ちっげーよ!……って、なんでお前が山月記知ってんの!?」

「山月記とな?初めて聞いたわい。頼むからそんな狭いところで虎にはならんでくれ。納屋を破壊されては困るでな」



 もろに知ってる口振りですけど。山月記イコール虎なんですけど!



「イッてて……。腕がもう上がらない」



 堆く積まれた荷物を手当たり次第とはいえ、地道に一つ一つ崩していっていた俺の腕はもう既に限界を迎えていた。

 大量の汗を掻きながら喉の渇きを癒せずに慣れない重労働を強いられれば無理もないこと。だから、発狂したって文句を言われる筋合いはない。



「ちょっと休憩」

「だっらしないのぉ〜〜。もっとテキパキとやんか」



 んあ?



「誰のせいでこんな疲れてると思ってんだ」



 積まれた荷物を雪崩が起きないように丁寧に下ろしつつ、一つ一つ荷物を開封して小さな石ころを探しているというのに。

 労いの言葉一つないとは。



「あのさー、頑張れとか。ご苦労様とか、ないわけ」

「貴様が家に帰るためじゃろうが。文句を言わず、翠の石を探してこい。それが済めば、あとは全部、我がなんとかしてやる」

「たのもしーですねー」



 無事に帰れたらコイツとの縁を絶対に切ろう。



「ほれ、休憩が長い。夜になっても知らんぞ」

「だーあ、もう。急かすんなら、水くらい出してくれっての」

「やかましいやっちゃのう。仕方ないのう。応援してやるからよく見ておれ」



 何が見ておれ、だ。

 そんな仕方なく応援されたってやる気なんぞ出ないっての。

 むしろ、反感しかーーー。



「がーんばれっ!」

「っ」



 ぇ、と。

 …………………………まあ。



「………………」

「ん?おい、どうした?」



 …………………………………………まあ、まあまあまあ。



「おい。おーい?」

「…………」



 うん、まあ金髪美少女がポーズを取って上目遣いに言うのも、まあアリっちゃアリですけどコイツは人間じゃなくて石ころから生まれた映像みたいな存在であって別に今のでトキメいちゃったりしちゃったりなんてありえないわけでしてそれで特別コイツに対する悪感情が帳消しになるなんて都合の良いバカな俺では無いわけですから全てを無かったことにするにはあと三回くらい応援してもらわなければ元が取れないどころか物足りないくらいな尊さがあるわけでひょっとしてひょっとすると別のポーズと別のセリフでもっと応援してくれたりしないのかなんてあわよくばを願わなくもなくもないんだけれどもできればあと何テイクかバリエーション変えながら言ってみようかとかリクエストをしそうになるのを寸手のところで押し留めているなんてそんなことを悟られでもしたらーーー。



「……貴様、本当に目と表情がうるさいな」

「何のことかな!!!?」



 お前は知らないだろうがな。オタクって言う人種は見てるアニメや読んでる書物が面白くても、自室じゃ無い限り表情を微動だに動かさないポーカーフェイススキルを常時発動可能なんだよ。

 故に今のは絶対に何も出てないはず!



「隠しきれてると思っておるならとやかく言わぬが、一度鏡を見る事をお勧めするぞ」

「え……まじ?」

「特に目じゃな」



 指摘がガチのヤツ!!!



「ちょぉいちょいちょいちょい!違うしっ。そんな事思ってないしっ。思ってたとしても言葉にしてないからまだ無害じゃん!!無罪じゃん!!!」

「発情気味の目付きで我の全身を隈無くガン見しておったくせに。口ほどに物を言っていては意味ないんじゃないのかや」

「それなっ!!!!」



 もうやだ、帰りたい!一人布団の中に入って泣きたい!



「ついでじゃから言うとな。視線につられて目付きも口角も総崩れになっておったぞ」

「面がうるさいってそういうことだったのかぁぁああああ〜〜〜」

「泣くでない。喉が渇いておるんじゃろう。これ以上、無駄な水分を流してどうする」

「魔法で水出して!魔法使えるんでしょ!ドラえもん!」

「我の名は、ステラ・エヌ・マヌエルじゃ!!そのネタは貴様が辞めさせたんじゃろ!?」



 こいつ、ステラ・エヌ・マヌエルって名前なのか。

 名乗るのおっっっそ!



「じゃあ、マヌエルさんやい。水出してつかーさい」

「いや、それは無駄じゃぞ。魔法で水を出してやることはできるが、飲み水にはできぬ」

「え?なんで?」



 魔法で水を出して飲み水にするのはファンタジーの常識でしょ。何言ってんの?



「貴様。今、我のことバカにしたじゃろ」

「……………。してないよ」



 俺はさっとそっぽを向いた。すると、後ろから深いため息が聞こえてきた。



「こちらの世界じゃ、物心付いた時から魔法で出した水は飲んではならぬと教わる常識じゃ。異世界から来た貴様が知らぬのも無理ないかや」

「それで、その理由は?」

「水という物質を作り出せたとしても、それは魔法という作用を介して作り出した物じゃぞ?まず第一に、自然界に存在する水と同じじゃと思うかや」



 向き直るとステラは左手を胸の前に上げたところで水で出来た球体を作り出していた。

 うわ、マジで魔法だ。



「そんなキラキラした目でまじまじと見る物でもないぞ」

「いやいや、俺の人生の中で相当凄い出来事にランクインしてるから」

「ガキじゃのう」



 ステラの作り出した水は何処からどう見てもただの液体で普通の水との違いは一切分からなかった。

 無色透明の液体。

 “魔法で作り出した水”と言う前提が揺るがないのであれば、この物質が水であることには変わらないはずだ。しかし、飲めないとなると、考えられるのはその中身ということになる。

 つまりーーー。



「成分の違い、か?」

「成分かや。確かにそうじゃな。我らは【構成要素ーーー“クリアファランス”】と言うがの」

「同じような意味だと思うけど、どう違うんだ?」



 質問するとステラはフフンと少し笑みを作り、意地悪そうな表情を作って言った。



「貴様にはまだ教えてやらぬ」



 桜色の唇に人差し指を添えて、少し腰を曲げながら前屈みになり、極めつけのようにウインクをしながら上目遣いでーーーーーーばかっ!目を隠せっ!!!



「……」

「今は、人体には合わないとだけ覚えておけばよい。ん、どうしたのじゃ?」

「い、いや、別に」

「ほほぉ〜、だんだん貴様の好みが分かってきたぞ」

「いや、違うし。例えそれが仮にも好みだったとして俺は絶対その部分は記録には残さないからな!」

「なんじゃ、その言い訳は」



 だから、どれだけ可愛くてもドストライクでも今のはサラッと流す!見た目、小中学生程度の幼女に魅了されたなんて誰が言えるかッ!



「別にすべて意地悪で言ったのではないぞ。貴様は魔法についての知識が全くないのでな。ここで全てを説明するには時間が惜しいということのだけじゃ。我の探し物を見つけた暁には貴様を案内する道中で教えてやろう」

「へいへい、分かりましたよ。探しますよ」

「うむ。働け働け!」



 しかし、その前に。

 俺はステラが魔法で作り出したままの球体状の水を見て、好奇心のままに聞いてみた。



「ねえ、それ触ってもいい?」

「ダメじゃ」



 すると、ステラは左手を自分の方に引き、その上に浮いている“水の球”を俺から遠ざけた。



「この状態は発現しているとはいえ、現体構成中の部類に入る。この状態を【サジレント】というが、触れれば綻びが生じて怪我をするぞ」

「こわっ!?」

「ちなみにそれで負傷した者を【バスケブ】という。バラン・ストライク・ケンタ・ブーアの略じゃ。名付けられた理由は自らで調べてみよ。さして為にならぬが、魔法の歴史が垣間見えるぞ」



 ステラはそう言って水の球を光の粒子へと変化させて掻き消した。



「これが最後ではない。少なくとも、この世界におれば魔法は日常じゃ。すぐに珍しくもなくなる。じゃから、ほれ。体を動かせ。夜になっても知らぬぞ」

「そうだった。せめて自分が寝る場所のスペースは確保しないとな」



 日常か。

 作業を再開しながら、俺は考えてもなかった言葉を想像してみた。

 ステラ・エヌ・マヌエルという実体のない少女が魔法を見せたその事実でさえ、俺の生活圏には存在しなかった。それが、これからありふれた日常になる。寝ても覚めても身近に存在する現象になる。

 そういうことだ。



 ーーーアガるじゃねえの。異世界。



 俺は一人、胸の奥に高鳴りを覚えるのであった。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 王都テイルドジードの首都リビから少し離れたセラムという区画には、一際目を引く大きな屋敷が建っている。

 そこは、かつてこの国に多大なる貢献をした者が住んでいた邸宅であり、同時にこの世界の全人類を滅ぼしかけた元凶が居座っていた根城でもある。

 所謂、曰く付き物件だ。

 ここには現在、国から許可を得た一部の者しか出入りを許されていない。というのも、この屋敷に存在する研究室には、まだ世界に知れ渡るには早すぎる魔法技術が多く眠っているからである。つまり、その許可を得た者の大半は魔法技術に関する研究者たちのことを示す。

 したがって、本来の家主を失ってから二十年以上経つ今も、その研究室には人が出入りしているーーー。



「デニールさん。作業中に申し訳ないのですが、来客が来てましてご対応をお願いします」

「帰らせろ。そして二度と来るなと伝えておけ」

「できません。至急対応とのことですので」

「ああっ!?できないじゃねえよ、やるんだよ!」



 デニールと呼ばれた男は覆い被さるようにしていた工作台から体を勢いよく反転させるとわざわざ呼びに来てくれた同僚に怒声を浴びせた。



「俺が今、どれだけ重要な研究をしてるのか分かってんのか?誰だか知らない奴に割く時間なんてねえ!そう言っておけっ!」

「そんなこと言ってるからあなたはいつでも何処でもボッチなんですよ。いつ終わるかもわからない研究より目の前の人間関係を大切にした方がいいですよ。そこから得られるヒントもあるかもですよ」

「だぁれがボッチだ、あ?他人から与えられたヒントなんざ、ゴミ同然だ。自分の頭で解き明かしてこそ研究者は研究者足り得んだよ。だから、絶対に帰らせろ。分かったか、メイフィーナ!」



 偉っそうに。

 別にアンタの部下でもなんでもないってのに何で私がやらなきゃならないのよ。



「……人様の遺産に群がる寄生虫の癖に……」

「なんだって?」

「いえ、なにも」



 ゴーグルを掛け直しながら聞いてきたデニールにシラを切るようにそっぽを向いた。



(やっぱりこの人、肌に合わないわ。さっさと用事を済ませましょう)



 メイフィーナは自分のすぐ後ろで待つ二人を手招くと、半開きだった扉を開け放った。



「どうぞお入り下さい。デニールはあそこにいます。人と話すのが久しぶりなので会話が成り立たないかもしれませんが、ご了承ください」

「ありがとう、メイフィーナさん」

「おい!会話が成り立たないってどういうことだ!」

「では、私はこれで」



 尋人を招き入れたメイフィーナは騒ぎ立てるデニールを無視して早々にその場から立ち去っていった。

 その足音が遠ざかる中、真っ先に口を開いたのは部屋の主であるデニールだった。



「チッ。なんでテメェが来てんだよ。今すぐ帰れ、馬鹿たれが」

「会って早々に酷いな」



 ツルツルの頭を掻くその男は、デニールの罵声に驚いて後ろに隠れてしまった連れの少女を振り返った。



「大丈夫。怖くないから」

「でも……」

「アイツはアレで普通なんだよ。別に害は無いから。ほら、ちゃんと挨拶して」

「なあに、こそこそやってんだ!俺ぁ忙しんだっての!用がねえならさっさと帰りやがれ!大体、テメェは自分の世界に帰ったんじゃなかったのかよ。なんでまだこの世界に居るんだ。家族が待ってんだろ?さっさと帰れや、馬鹿野郎!」

「その家族を紹介したいんだ」

「………………はあ???」



 デニールはまさかと思い、筋肉ハゲ男の後ろに隠れている人影を覗き込もうと席から立ち上がった。



「デニール。紹介するよ。この子が俺の娘だ」

「え、えっと……、相模、陽香です。よ、よろしくお願いします!」



 緊張しながら頭を下げて挨拶をする少女にデニールは何故だか目が離せなかった。



「…………」



 黒く染まった長い髪が揺れる様を目で追い、顔にかかる髪をそっと指で耳に掛ける仕草に目を見張り、そして、緊張と少しの恥じらいを孕んだ瞳と視線が一瞬交わりーーー。



「お、俺は、は、は、わわわわわワワwa………」



 ーーー思考が飛んだ。



「陽ちゃん、よくできました!」

「お父さん、やめてよ。中学生なんだから挨拶くらいで褒めないでよ!」



 ダイスケの大きな手で頭を撫でられた陽香は、恥じらいながらそれを退けると上目遣いに見上げて抗議する。

 その様子もなんと可憐なことでーーー。



「………………あがあがあがあがあがあがあがかかかかか」



 ーーー運動機能も持っていかれ、膝から崩れ落ちていった。



「うわあっ!?ねえ、あの人どうしたの?大丈夫?」

「平気平気。アレはデニール・バンダレス。お父さんが異世界に帰る為の転移陣を動かしてくれた人なんだよ」

「え!そうなの!」

「そうだよ。あんなバカみたいに見えるけど、一応、頭の良い魔法使いなんだ」

「魔法使い!?」

「そうそう。魔法使い。今からあの人にお兄ちゃんを探してもらうんだ。だから、いい加減起きてくれ。デニール」



 ダイスケは突っ伏したデニールを拾い上げる様に起こすと椅子に座らせた。



「おい。しっかりしてくれ。これでも急ぎの様なんだ」



 ーーーベシッ!!



「ぶふぁあらっ!!?っ、ダ、ダイスケ、テメェ……。その子だけ置いて帰れ」

「なんで娘を置いて帰らにゃならん。それより、グランドゼフトに来てくれ」

「ああ??グランドゼフトだと?」

「至急、俺の息子を探してほしい」

「は?」

「頼む!」



 すると、ダイスケはデニールの了承も聞かずに彼を持ち上げると肩に担いで部屋を出ていった。



「お、お父さん何処行くの!」

「ごめん、陽ちゃんも付いてきて!こいつを連れてもう一度戻るよ!」

「嘘っ!?また行くの!?」

「離せ、筋肉ハゲ!俺には研究がっ!」



 こうしてデニール・バンダレスは三年ぶりに屋敷の外に出るのであった。




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