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06

 




「我をここから出して欲しい。報酬は貴様を目的地まで案内する。それでどうじゃ?」



 肘掛けに頬杖をつく少女は悪役面の笑みを作りながらそんな事を言ってきた。

 小さい女の子のくせに様になっているのは、流石は異世界人だからだろうか。きっと日本人の顔じゃそうはいかない。しかし、もっと言えば、ここがこれでもかと雑草の生い茂った場所でなく、雰囲気のある洋室風の部屋だったら完璧だったであろう。



「どうって言われましても、断りたいのが本音ですけど。どうでしょう?」



 視覚に飛び込んでくる情報量にノイズが多い所為もあり、せっかく少女が作った雰囲気に飲まれることもなく思った事を口にしてしまっていた。



「どうでしょう、って……まさか、またしても断られるとは思わなんだ」

「その提案が本当に守られるのであれば、願ったり叶ったりですけどね。名も知らない、見た目は子供、中身は年齢不詳、その実、俺をすぐに殺せるほどの隠し芸を持っている相手の提案を簡単に信じる事はできませんって」



 ムリでーす!むりむり!

 殺そうとしてきた理由も殺すのを止めた理由も未だに分からず、話せば話すほどに奇妙な存在に思えてくる美少女なんて、正直言って不審過ぎる。

 そう易々と協力関係を結びたい相手ではない。



「驚いた……。貴様、しっかりと考える頭あったのかや」



 今ので評価点ガタ落ちだからね!



「つまり、我のことを知れば協力してくれると?」

「俺に危害を加えないことも忘れずに」

「なんじゃ、貴様。まだ我が貴様の命を狙っておるとでも思っとったのかや?ないない。ありえぬわ」



 少女は左手を左右に振って言い切った。



「害意も脅威もなく、危険な力も持ちえぬ。それが分かった時点で貴様を殺す理由などのうなったわ。あと、アホ」

「人畜無害が証明できてよかったですけどね。……え、アホ?」

「無能でアホの異世界遭難者。我が手を下すまでもない」



 ほほう?

 無能で、アホの、異世界遭難者……ねぇ。

 無能も何も普通の人間ですし、遭難してるのは事実だけど、アホってーーー。



 ーーーぼく、ドラえもんです。


 ーーー結婚して下さい。


 ーーーもう殺して!こんな関係、終わりにして!



「く……ぅぁ」



 びっくりするくらい、その通りだわ……。



「……クソ不名誉な肩書きを何一つ否定できないなんて!」

「お〜い、お主。そろそろ我の話を真面目に聞いてくれぬかや?どうせ貴様一人じゃ帰れんのじゃし、な?」



 どうせ?



「それは、どういう?」



 まさかここって大助と陽香からとても離れた場所なのか?

 俺は先ほどまで恥ずかしくて覆っていた顔をあげると、少女がそんな俺を見てため息を吐きながら腕を組んだ。



「よいか。この納屋からある程度離れると結界の効果範囲から外れてしまうのじゃ。すると、確実に魔物に襲われて無能な貴様は食い殺される」

「うっそ」

「仮に魔物に襲われなかったとしても、貴様はこの世界の言葉を話せぬ。町に着いたとて何もできず、路頭に迷うじゃろ」

「言葉って。じゃあ、今話してるのは何なのさ?」



 魔物とかの存在は異世界あるあるで片付けるとして、言葉に関しては今更でしょ。『異世界に転移してきた影響やら何やらで勝手に話せるようになってる』っていう、よくある設定が働いてるんじゃないの?ねえ、違うの!?日本語共通でよくないですか!?!?



「島国の言葉が全世界共通になったっていいじゃんかっ…………チラ」

「貴様は本当に面がうるさいのう。異世界の言語が周知化してたまるか、たわけ。我が異世界人に面識があったことを言ったじゃろうて。そやつから日本語を教えてもらったとは考えなかったのかや?」

「あー、そゆことかぁ……てことは、俺に合わせて日本語を話してくれていたと?」

「流石に日本語で話すのは久々じゃったからのう。難しい単語はすぐに出てこんわい」



 いやいやいや、めっちゃ流暢ですよ?

 てっきり俺の言葉が異世界語に自動翻訳されてるのかと思っちゃてましたもん。



「ちなみに、異世界の言葉ってどんなの?」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。と、こんな感じじゃ。聞き取れたかや?」

「へ?」

「じゃから、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。どうじゃ?」

「びっくりするくらい無理でした」



 やべえ。

 英語のリスニングは得意な方だと思っていたが、この少女が口にした異世界語は全く聞き取れなかった。

 聞いた感じは何かの言葉だと理解できるが、音として真似て発音することも難しいレベルだ。



「世界で一番広まっている【ソラル語】じゃったんじゃが。その様子では習得するのに一年以上掛かりそうじゃな」

「一年経ってもできるとは思えなかったんですけど。それ、きっと過酷な一年でしょ」



 学校のカリキュラムや進学受験に必要な英語を勉強している自分としては、それでも充分に話せない。それなのに予備知識も無しに異世界語と向き合わなければならないなんて無理ゲーにも程がある。

 確かに彼女の言う通り、一人で町に着いたとて路頭に迷うのは目に見えている。



「はぁ〜〜……」

「どうじゃ?我の頼みを聞く気になったかや?」



 こんな木と雑草に囲まれた場所でヒューマンハントをソロプレイしてる少女と手を組め、と?

 目的地までは案内すると言っていたが、ナビゲート終了直後に殺しに来たりしないよな……。いや、質の良い服を着てるところを見ると、その後に多額の報酬を要求してくる可能性だってある。



(やだなぁ……、でも、ここにずっと居る訳にはいかないしなあ)



「お主。考え事をするなら、せめて表情が見えぬように気を配らぬか。既に貴様の顔が全力で拒否を示しておるんじゃが。我はまだ貴様の嫌がる提案を何一つ言うておらんというのに」



 それ、言う可能性あるってことですよね。

 あああ、やだなぁ。でも、魔物に食べられたくないし、路頭にも迷いたくない。

 ………………しゃあないかぁ……。



「無理難題は無しの方向で」

「決断が遅い。分かっておる。ポケットもない無能でアホなドラえもんには無茶はさせられん」

「おい、実はドラえもん見たことあるだろ」



 ポケットの話一度もしてないよね!?と、つかさずツッコミを入れようする。

 しかし、少女はそれよりも先にすっと立ち上がると俺の方へ近づいてきて手を差し伸べてきた。



「我の手に触れてみよ」

「なんで?」

「その方が理解が早いからじゃ」



 “理解”ということは説明を始めるということだろうか。

 なるほど。

 触れると思念が相手に伝わり、言葉を不要とするアレね。異世界あるあるのアレね!



「一つ言っておく」

「なんじゃ」

「痛いのはなしで」

「何を言っとるんじゃ、貴様は。なんもありんせん」



 急かされて、俺は仕方なく色白の小さな手に自分の手を重ねた。

 しかし、するっと。



「ぁ?」



 俺の右手は吊り革を掴み損ねたような感覚を伝えると同時に、そのまま虚空を彷徨ってしまっていた。



「すり抜けた?」

「なんなら、抱き着いてみるかや?ほれっ!」

「ちょ、ば!」



 こちらの了承を待たずに両手を広げて飛び付いてきた少女は、反射的に構えた俺をやはりすり抜けていった。なにこれ?なんてキンハー?



「実体がないのか……」

「そうじゃ。我には実体がありんせん」



 見た目は完全に実体があるように思えるのに、俺の体を完全に透過した。つまり、この少女は幽れーーー。



「なんじゃ、色々と変なことを考えておりそうな顔をしておるな。先に言うがの、我は魔学で作られた人工物じゃ。死骸から出た思念ではないからな」



 死骸から出た思念、って言い方やばいな。素直に幽霊じゃないって言ってもらいたいものだ。これでは、死骸から出た思念というものがこの世界にあるように聞こえてしまうじゃないか。



「えー……、その実体のない人工物少女さんに俺、蹴飛ばされた気がするんですけど」

「はあ。背後から衝撃を受けただけで蹴られたと言いよる。貴様は観察力がないのう。おまけに察しも悪い」

「……違うし。得られる情報量が少なかっただけだし」

「我には実体はないが、魔法は扱える。貴様如き、触れずともどうとでもできるわ」



 はいはい、怖い怖い。

 強いアピールはもういいっての。



「それなら、『我をここから出して欲しい』とか言ってたのはなんなさ。察しが悪いので僕ちゃんわかりまちぇん。あと結局、俺は敬語を使えばいいの?それとも気楽に接していいの?どっちがよろしおすか?」

「貴様は初めから舐めた口を聞いておったじゃろう。言葉使いなんて好きにしてよい」



 ーーーじゃが、口調は統一せよ。イライラするからのう。

 少女は嫌そうな顔に加えて腰に手を当てながら、そんな事を付け加えてきた。



「分かったから。んな、怖い目で見ないでよ。普通に話す。これでいいだろ?」



 聞くと、少女はやれやれと竦めた。

 子供か大人かよく分からない雰囲気を醸し出してくる所為で今まで迷ってたんだっての。だってボケもツッコミも敬語じゃやりづらいじゃん!



「まだ我が話したい事を何も話していないと言うのに物凄い疲労感じゃ」



 そーだねー、喉乾いたねー。



「で?ここから出たいってやつは?まだ答えてもらってないけど、どういうことなんだ?」

「頼むから要らぬことを言うてくれぬなよ」



 うわぁ。最近、妹が俺を虫ケラのように見る目付きと瓜二つなんですけど。



「…………分かった分かった。話が終わるまで、相槌だけにするから」

「よかろう。では、聞くからには我に必ず協力するのじゃぞ」

「いや、それは」

「相槌だけにすると言ったよな」

「ぇ……」



 今から!?

 乗せられた上に、今から相槌ルール適用とか酷すぎなんですけど。

 だが、少女の有無を言わせぬ目力に俺は反論できなかった。



「貴様には今からこの納屋の中からある装置を取ってきてもらう。これくらいの小さな翠の石じゃ」



 少女は親指と人差し指でビー玉を挟むくらいのポーズを取る。



「見てもらった通り、我の体は物をすり抜けてしまう。じゃが、【エーレア】の密度によって反発を受け、通り抜けることができない物もある。我が立ってる地面もそうじゃし、生命力溢れるこの叢とかもな」



 おっと。それじゃ俺の生命力が足りてないってことになるんですけれども。そこんところエーレアだかなんだかの意味も含めて説明してくれませんかね!

 しかし、俺に許されるのは相槌だけ。

 質問は以ての外。

 だから、しゃがんで雑草の葉を弄り始めた少女にツッコミを入れたいけど我慢した。



「……」

「我自身、この体を構成しているのがエーレアで造られた流体のような物じゃし、考えようによってはそよ風が草木を揺らすようなごくありふれた現象に近しいものかもしれんな」

「そ、そうなんですね。すごーい」



 だから、エーレアってなに!?そよ風とかどーでもいいし!



「そして、風が建物を通り抜けることができぬように我もこの納屋へは入ることができぬ。結界とは異なる別の圧迫感があってのう。薄い板一枚すり抜けることができぬのじゃ」



 少女は言うと壁に触れようと手を伸ばした。しかし、その手はそこに触れる前にピタリと押し止まってしまう。



「ほらのう?」



 ペチペチ叩いて言ってくるが、せめてパントマイムをやっているように見えるくらいは大袈裟に表現してほしい。いまいち信用に欠ける。



「んー……だから、俺にお宝を取ってこいと」

「お宝とは良い例えじゃ。褒めてやる」

「……ええ、どうも」



 俺よりも低い身長でそんな風に労われてもねえ。ただの可愛さアピールにしか見えないんだよなぁ。



「では、早速始めるがよい。急がねば、次第に夜になるからのう」

「ぁぁ、やるしかない流れか……」



 手を組むとすら言っていないのに。

 だけれど、確かに夜になったことまで考えていなかった。

 もし、ここに居る状態が続く場合、空腹や便意などの生理現象は不可避だ。更には、この叢に俺の知らない害虫が潜んでいて夜になると活発化するなんてことも有り得なくない。


 時間が経てば経つほど危険が増す可能性。


 これは重大な問題だ。

 この少女の言うことを全て信じることは憚られる。彼女は確かに、言葉を交わした感触では接しやすく人間味のある部類の存在だ。だが、どうも怪しい。そもそも実体がないし。あの、一瞬見せた恐ろしい表情のことだって……。

 がしかし、だ。

 前にも言ったと思うが、俺はね。


 虫が大っ嫌いなんですわ!


 正直、この木々に囲まれて叢ボーボーのこの場所が怖くて仕方がない。常に足元へと視線が向いてしまうし、背中に何かが這ってきていないか手で何度も払ってるくらいだし。

 灯りのない夜はもっとやばいだろう。

 これはもう……。



「騙されてやりますか」

「んなっ、騙されるじゃと!?聞き捨てならぬな。貴様、我が悪党にでも見えておるのかや。どこからどう見ても麗しき“エルフの女子”じゃろう!」

「エルフのおなご、って」



 なんだろなぁ。

 今更だけど、どんな日本語の教え方されたらそこまで流暢に言葉が出てくるのやら。エルフという単語に驚きたいのに、この異世界美少女に言葉を教えた日本人のマニアックさが節々にチラついてきて驚きたいところに驚けないっ!



「ぁぁ、麗しいね。そっかそっか。どーりでかわいいわけだー。さすがエルフだー。じゃあ、宝探しするぞー」

「おいコラ。おおおおい!ちゃんと可愛いがらぬかっ!仮にも我はマヌエルシリーズなんじゃぞ!」

「そうだった。この倉庫、めっちゃ物だらけだった」

「聞かぬか、バカ者〜〜っ!!」



 一人でさっさと倉庫に入った俺は、手当たり次第に翠の石を探し始めるのだった。




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