03
「お父さん、この料理美味しいね。何ていうの?」
「カスティーパっていうんだ。これ、向こうのテイルドジードって国で今流行ってるんだ」
チーズをたっぷりと入れたビーフシチューっぽいルーに、ナンに似たパン生地っぽい物を付けて食べる料理が、この異世界料理のカスティーパらしい。
パンでもナンでもない独特のもちふわ食感と生地の持つ独特の甘味と香辛料の香りが、ビーフシチューっぽいトロトロのルーと合ってとても美味しい。確かに絶品だ。はい、絶品絶品。うまいうまい。
「…………」
「陽ちゃん。お父さんの料理ばかりじゃなくて、お母さんの料理もちゃんと食べてよね」
「お母さんの揚げた唐揚げもエビフライも豚カツも全部好きだよ」
「そこにパエリアも加えてよね」
「すご〜い!お母さん、こんなのも作れたの!」
「意外と簡単よ。まあ、ちょっと手間が掛かるけどね」
「…………」
「梓の料理は本当に美味なあ。これから毎日食べられる何て、世界を救った甲斐があるなあ」
「大袈裟よ。毎日食べてたら飽きるわよ絶対」
「そんなことないよ。梓がいなくなったキャラバン隊の料理の話はしたろ?あれを飽きるって言うんだよ」
「あの非常食みたいなやつでしょ?私、あれ二度と食べたくない」
「…………」
「ねえ、キャラバン隊ってなに?お母さん、お父さんと異世界行ったことあるの?」
「昔ね。一緒に旅して回ったのよ。ちなみにお母さん。元は向こうの世界の生まれだから」
「えっ!そうなの!お父さんはどっち?」
「お父さんは地球生まれだよ。生粋の神奈川県民だ」
「じゃあ、私とお兄ちゃんって異世界人とのハーフなの!?すご〜い!」
「…………」
「て言っても、お母さんは日本人と容姿が似た種族だからあんまりハーフっぽくないけどね。私が精霊種だったらどれだけ美男美女の子供が生まれたことか」
「またそんなこと言って。梓、君はどの国のどの人種よりも美しいよ。俺が保証する」
「おおおお父さんが海外映画みたいだー!」
「ほら、大助。陽ちゃんの前よ」
「おっと、つい」
「…………」
「あっちの世界ってみんなこう言うのが普通なのよ。こっちで言う、イタリア人みたいな感じかな」
「ごめんごめん。向こうの生活が長くなってたせいで。思った事をちゃんと言葉にする習慣があるから癖になっちゃって」
改めて思うが、うちの妹はすげえな……。溶け込み方、半端ないんですけど。なんでここまで受け入れられるのか意味わかんないんだけど。
「…………」
皆さんも既にお分かりの通り、俺は初めての家族揃っての食卓で聴き専に徹している。
(だって、こんなん入れませんてホンマに。同じ席に座って聞いてるだけでもえらいこっちゃで)
と、エセ関西弁が出てきてしまうほど居心地が悪い。しかしまあ、自称父親こと相模大助の話を聞くためには離席するわけにもいかなかったので、俺は十分頑張ったと思う。
さてと。
奴の話をざっくりとしますか。
相模大助は学生の時に異世界へ転移してしまい、向こうの世界で母さんと出逢い結婚したそうだ。それで紆余曲折あって地球に帰る手段が見つかり、しばらくこの家で暮らしていたという。
しかし、俺が産まれる少し前に異世界の雲行きが怪しくなり、母さんの故郷を守るためにも色々と奔走し、なんやかんやで目的が世界を救うことになって中々地球に帰ってこれなかったそうだ。それでも、少なくとも半年に一度は母さんの元へ転移して帰ってきていたらしい。しかし、なぜか俺たちには姿を見せず、異世界へとんぼ返りする生活を十五年続け、そして、ようやくつい昨日、終結したのだそうだ。
母さんと自称父親の姿を見るに、嘘を吐いている感じには全く見えない。妹は警戒もなく全部信じてしまっている様子で、ずっとあのテンションだ。夜九時にそれだけ食べたら太るぞ?知らんぞ?
(なんかなあ……疎外感半端な〜。つーか、普通に気不味く感じてるの俺だけかよ)
これ、俺が知らないうちに二人とも洗脳されてるパターンのアレじゃないだろうか。ほら、グロ系なホラーのフィクションにそういうのよくあるじゃん。寄生虫に脳みそやられて、とか。それか、魔法か催眠術で、みたいなやつ。
(……ふう。ふつーに怖いからそっちの想像はしない様にしよう。第一、机の中から飛び出してくる時点で俺以外を洗脳しなきゃいけない意味がわからん。仕方ないから、奴の言うことをある程度信じてやろう)
じゃないと、ホラーかサイコパス方面の展開しか思い浮かばないからね!
それに例え、本当の本当にアレが父親だとして、今すぐ無理に受け入れる必要もない。紛れもない家族だというのなら、時間が経てばその内ということも十分あり得る。
ただ、今すぐには無理だということ。
(それだけ、それだけだ)
ああ、飯が美味くて助かる。心の安定剤だ。うんうん。さて次は、唐揚げ食うかな。
「それより、春樹」
(う……)
急に呼び止められ、俺は唐揚げに向かっていた箸を止めた。見れば、自称父親が俺をニコニコしながら見ていた。
「進路って来年のことだよな。進学と就職、どっちにするんだ?」
「……っ、あんたに話した記憶ないんだけど」
「そりゃ、母さんに全部教えてもらってたからに決まってんだろ。半年に一回以上、多い時は二日に一回のペースで帰ってきてたからな!」
「すげえ頻繁に帰ってきてんじゃん……」
じゃあ、異世界に自宅出勤でよかったじゃんか。
「それでも、お前たちには会えなかったんだ。今まですまなかった。俺がいないばっかりに要らぬ負担を掛けていたと思う。今まで母さんを支えてくれてありがとうな」
「…………ぁ、まあ、別に」
何で今、そういうこと言ってくるかね。
言葉に困るって。
「もちろん、陽香もな!母さん似の別嬪さんに育ってて、俺すっごいびっくりしたんだから」
「ええもう、やだ、お父さんたら〜〜」
空気感の差!?
「あのさ、進路の話だろ。進学だよ、進学。別にまだやりたい仕事もないし、目標とかもないし。適当に大学行ってそこで何か見つけるよ。ああ、安心して。学費は自分で出すつもりだから。母さんには迷惑かけないよ」
「春樹、あんた」
「はい、お話終了。ご馳走様でした」
俺は母さんが何かを言う前に立ち上がり、食器を持って台所へと向かおうとする。だが、大助が俺を呼び止めてきた。
「春樹。やりたいこと、ないのか?」
「ないよ。できることも、できそうなことも、何もない。長男だし、さっさと働き口を見つけることも考えたさ。でも、今の俺じゃ大した働き口も稼ぎも無い。だから、進学するんだよ。全部、大学で見つけてこようってハナシ」
俺はそちらの方へは向かず、立ち止まってつっけんどんにそう言った。
「そう、か」
案外、短い返答だった。先ほどからのテンションのままもっと色々と言ってくるものだと思っていた。
「じゃ、おやすみ」
無言の時間を作るまいと俺は手短に返した。
話はこれで本当に終わりだ。早く自分の部屋に戻って寝たい。その前にシャワーだけは浴びておかないと。となると、寝るのは十一時前後になりそうだな。
「なあ、春樹。向こうの学校に通ってみないか?」
「………………?」
台所に食器を置いたところで、俺は思わぬ提案に耳を疑った。
「……向こう、って?」
「異世界のだ。お前さえ、良ければだけどな」
異世界の、学校に?
俺が?
「な、……。なんでさ」
口から出たあまりにもぶっきらぼうな声に自分で驚きながら、一瞬にして口の中が乾いていることに気が付いた。
「嫌なら別にいいんだ。ただやる事がないなら、向こうで見聞を広げるのもアリかと、そう思っただけだ」
「……く」
「ん?……すまん、聞こえなかった。もう一度ーーー」
「行く、って言ったんだよ。その話詳しく!」
俺は足早に元いた席に戻ると、妹のお茶の入ったコップをぶんどって一気に飲み干した。
「いつ行くの?どんな世界?名前は?魔法はあるの?文明レベルと世界の歴史を詳しく!てか、学校ってどんな学校?ホグワーツか何かなの?」
「ちょ、ちょ!今日一番に元気だな。順番に答えるから落ち着けって」
「えー、お兄ちゃんだけずるい!私も異世界行ってみたい!つーか、お兄ちゃん何で私のお茶飲んでんの?新しいコップ持ってきて。今すぐ!」
「あははははは。こんな賑やかな食事、久しぶり」
ーーーやっぱ、家族っていいね。
そう母さんが笑いながら呟いたのを俺はしっかりと聞きながら、けれど聞こえていない振りをした。素直に同意するだけでいいのだろうが、俺もまだまだ反抗期という事らしい。けれど、母さんのその一言で胸の中にあったしこりが一つ無くなった気がした。